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詩「ホームビデオを見る男」

20230629

「ほら みて おもしろいでしょう」
「あうええ」
「まぁ じょうずにまねっこしてるのね」
「あー」

ホームビデオを見ながら口を押さえている
肩が震えているのは寒さのせいではなかった
母親の優しげな声が聞こえる
幼児は愛くるしく笑っている

しばらく経つと場面が変わる
ぼやける視界の中で揺れているブランコ
幼児は少し大きくなって少年になる
瞳が潤んでいるのは優しさの代償ではなかった

「たのしそうにあそんでいるね」
「あ」
「え? なにがいいたいの?」
「あ」

静電気に誘われた眠気がパチパチと彼の脳に語りかける
ノイズが走った途端に眠気はどこかに吹っ飛んでゆく
また静電気が眠気を誘ってくれているが
ノイズがそれを阻止しようと腕組みをして立っている

ビデオの中の平和な世界が滲み出し
彼を包み込むことはおそらくあり得ないだろう
椅子に座りながらモゾモゾと動いたところで
身体はろくに動かない 女は優しく笑っている

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