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詩「行き先のバラクサ」👁️7

20240905

彼は車を走らせていた
リオウは助手席で ジュンは後部座席で眠っていた
ゲンゾウが撃たれた後 外に出たが誰も見つけられなかった
街の近くの病院にエミリを送った時 次に向かう場所を決めた

その途中 教団の信者に見つかり車を止められたが
ジュンを毛布で隠していたことと
エミリがマフィアのボスだと言うことを知ると
面倒ごとを恐れたのか通してくれた

彼とリオウの顔もバレていた可能性もあるが
教団信者の部隊の中にも不真面目な奴らがいたらしい
車が走り出すとジュンは暑苦しそうに顔を出して安心していた
その後は楽しそうにエミリと話をしていた

彼が住む街は都市からは離れており
人が多く 賑わってはいるが 田舎だった
治安が悪く 犯罪が多発している地域で
その土地柄を利用して彼は仕事をしていた

西に向かうほど都市に近くなり
東に向かうほど田舎になってゆく
彼は東にある村を目指して車を走らせていた
そこには黒龍などに関する手がかりがあるかも知れないと思っていた

野生のドラゴンは人を襲わない
人間以上の知性があるからか 性格が温厚なためか
果物や草 動物を食べて生きていた
そして それ以外のドラゴンは元から人間に飼われていた

彼の知っている中で最もドラゴンが多い地域は
自然に溢れているが人が少ない東にある村 バラクサだ
そこには年老いた物知りのドラゴンも居るだろう
彼はそういった連中から話を聞けないかと考えた

もちろん人目につかない場所に行って
教団から逃れる目的もあるにはあった
しかし ゲンゾウの話が妙に引っかかった
口封じに殺されたとしか思えない状況でもあった

煙草に火をつけて 残りのガソリンを確認した
充分に入っていたのでほっとしながらハンドルを握った
深い闇の中でライトが道を照らしていた
舗装が行き届いておらず ガタガタと揺れた

ゲンゾウの話では「最後のパズルのピース」が必要らしい
そして邪神である黒龍の「復活」と言う言葉が気になった
御伽話や伝説にしか存在しなかったドラゴンと人間のハーフが
以前にも存在し 黒龍を目覚めさせた歴史でもあるのか?

彼は世界が焼き尽くされたなんて話は聞いたことがなかった
人間が勝手に争って 勝手に焼き尽くした歴史だけを知っていた
しかし もっと以前 それこそ数百年数千年遡れば
ありえない話ではないと思った

ならばなんとしても ジュンを教団に奪われてはならない
しかし どれだけ逃げ続ければ良いのかもわからない
ならば少しでも情報を集めなければならない
情報は確かであれば どんな武器よりも威力があるのだから

車の窓を少しだけ開けて空気を入れ替えた
煙草の煙のせいで閉めっぱなしの車内は煙たかった
外の空気は澄んでいて 涼しさが心地良かった
風に靡く髪の下で 彼の一つの目はただ前を見ていた

夜明けが近付き 森の輪郭がくっきりと映し出された
木々が密集し 風に揺られると巨大な生き物に見えた
彼は森の中の小さな村に生まれたので古い記憶を刺激された
一つ目として生まれ 蔑まれ 捨てられた記憶

バラクサよりも遠く 北に位置する彼が生まれた村では
子供が産まれる時に祭りを開く風習があったが
彼の両親は我が子を見てその祭りを中止させた
それからは 物心がつくまで牢屋のような場所で育った

そして それからは檻から出されることになるが
気味悪がった両親は彼を孤児院に入れた
そこは劣悪な環境でまともに食事をさせて貰えなかった
加えて 彼は子供たちから猛烈ないじめを受けた

それは次第にエスカレートしてゆき
ある子供が彼に石を投げて額が割れた
血を垂れ流して孤児院に常駐する医者見習いの元に行くと
「それよりもお前のその目を治せ」と言われて追い出された

彼は孤児院を出るまで名前で呼ばれなかった
両親は名付けることすらしなかったが 不自由はなかった
蔑まれるように呼ばれる「一つ目」で充分だった
十二歳になると 彼は孤児院を出て今の街へと流れ着いた

そこで 親殺しの罪で逮捕された少女を見かけた
エミリを最初に知ったのはその時だった
当てもなく道端で座り込んでいると怒号が聞こえ
視線を移すと エミリは数人の警官に殴られていた

頭を抑えながらこちらを見つめ返す瞳が
助けを呼んでいるように見えたので 彼は近寄った
「やめてください! 殺す気ですか?」彼は大声を出した
「うるせえ! ガキには関係ねえ! こいつは親殺しだ!」彼も殴られた

彼はフッと笑った (親を殺したんだ 警官は正しかったかもな)
カーブが続く道のりで ハンドルを右へ左へ回した
(それでも俺は あの青い目を無視出来なかった
 昨日はあいつを巻き込んじまって 悪いことをしたな)

エミリが罪に問われることはなかった
しかし親殺しの罪は重くのしかかった
身体中の痣 同じ歳の平均より痩せた姿
彼は少し見ただけで 何故そうしたのか理解した

引き取り手が居なかったエミリも道端を彷徨うしかなかった
警察に連れて行かれる前に 助けられた彼を見つけた
それから 彼とエミリは街にあった廃墟で過ごした
物や金を盗んだりして何とか生きてきた

彼は気付いていないが その頃からエミリは彼を愛していた
何かあればすぐに助けになろうと決めていた
マフィアを作り 仲間を集めたことも
彼がその一員になってくれることを望んだからだ

しかし そうはならなかった
彼は持ち前の人当たりの良さを発揮し始めたのだ
一つ目であることを自ら笑い飛ばして
友達を作っていった 陽の当たる道に進んだのだ

マフィアになったエミリは 人をたくさん殺した
その中には彼の命を狙う者も少なからずいた
それだけは彼に知られてはいけないと思っていた
リオウが彼と仲良くするのが 少しだけ羨ましかった

(俺はこれからどうすりゃ良いんだろうな
 金もあまり持っていないし バラクサで仕事でもするか?
 いや そんな呑気にしていられるかわからないな
 まあどうにでもなる とりあえず進めば良い)

エミリが彼に惹かれた理由は その無鉄砲さだった
それは言い方を変えれば楽天的とも破滅的とも言える
幼い頃の彼も エミリと過ごす時はいつも笑っていた
盗みがバレて滅多打ちにされても 笑っていた

エミリは彼を真似するようになった
どれだけ痛くても笑い飛ばせるようになった
部下たちはそんなエミリを姉のように慕った
リオウもその一人だ ジュンは母親のように見ていた

順調にバラクサへと近づく車 もう教団の影もない
しばらくは大丈夫だろう ジュンも気が休まるだろう
彼は消えた煙草を窓の外に捨てて 新しい煙草に火をつけた
数日後 エミリの死体が街の近くの川で発見された

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