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詩「人斬りのアンジェ」👁️13

20240911

彼はウロに付けられた苔を取ろうとして
服を着たままホテルのバスルームに閉じ籠っていた
ジュンはベッドに寝そべりながらトランプをいじっていた
タロット占いでもするように並べたり混ぜたりした

着替えにはバラクサ特有の民族衣装をいくつか買ってきた
ジュンとお揃いの帽子も買って来た
お気に入りの服たちはしばらく使えないだろう
苔とにおいをとった後にクリーニングに出すつもりだ

目を閉じて ウロに言われた言葉を反芻してみた
記憶をどれだけ深く掘り進めても面識があるとは思えなかった
ドラゴンの記憶で共有されたものだろうか?
彼は「アンジェ」なんて名前の女も知らなかった

(あんなデカい足で携帯に文字を打ち込めるのか?
 いや デカい携帯があるということかも知れないな)
彼は遺跡のように地面に突き刺さった大きな液晶を思い浮かべた
ウロがどの絵文字を送ったのか気になって仕方なかった

(あの爺さん もうボケちまってるのかも知れないな
 明日 また話を聞きに行こう 今度は頬擦りされないように
 それにしてもこの村は良い所だ 何故かとても落ち着く
 どうしてだろうな ジュンはどう感じているだろうか)

ウロはその頃 目覚めて回想を始めた
ドラゴンは自身の記憶を脳内に映し出す能力に長けており
その日にあった出来事を追体験するように思い出せた
多少忘れっぽくなり 混濁することもあるが その能力は健在だ

バラクサに生まれた一つ目の少年と美しい少女
名前は「クロウ」 そして「アンジェ」
二人は赤ん坊の頃から家族ぐるみで過ごしていた
お互いを兄妹のように感じていた仲だった

クロウは一つ目であることを誇りに思っていた
アンジェはその一つ目が何より美しいと感じていた
二人はよく隠れんぼをしたが
一つ目特有の能力を使うクロウは いつもすぐにアンジェを見つけた

ある日 クロウはバラクサから離れた森の途中でウロを見つけた
ウロはまだ子供だった 卵を割った記憶も強く残っているほどに
銀色で美しい身体は珍しかったが それよりも
クロウはウロの可愛らしさに魅力を感じた

野性のドラゴンはそれほど気性が荒くないが 警戒心が強く
人間が近寄るとすぐに逃げてしまうのだが
物を知らなかったウロはクロウに近寄ると
顔を擦り付けてクロウが持っていた干し肉を貰った

その記憶が三百年前で 今日来た若者が生まれるずっと前だと
やっと理解出来たウロは 少し寂しくなってしまった
(どうやら人違いをしてしまったかも知れないな
 しかし あのクロウは私の知っているクロウに良く似ていた)

それからウロはクロウに連れられてバラクサへと向かい
アンジェも一緒にウロを育てた 「ウロ」と名付けられたのはその頃だ
クロウとアンジェが成長していくのと一緒に
ウロの身体も成長し 二人が十二の頃に正式に飼われることとなった

数年の中で クロウとアンジェとウロはとても楽しく過ごした
一緒に森へ探検に行くことも多く その度に木の実を集めた
穴を開けてそれを繋いだブレスレットを作り
「お揃いだね」とアンジェは笑った

銀色のドラゴンは希少価値が高く
しかも ウロは通常のドラゴンより大きく育った
そのためかウロを狙った人間が村を襲うことが重なり
ウロはクロウと初めて出会った森の奥で過ごすことになった

クロウとアンジェが十六になる頃
ウロの住む場所と近いところに小さな家を建てた
その金はクロウとアンジェの家族が出してくれた
心優しく いつも笑顔の人々だった

ウロは思い出した クロウの家族は一つ目ではなかった
今までそこに疑問を抱くことが無かった
ウロは自分の家族のように感じていたし
クロウを差別することがないバラクサに居たら当然かも知れない

一つ目は普通の人間から生まれるのだろうか?
生まれてくる条件があるのだろうか?
いくら長く生きたからといってわからないものはわからない
ただ 古くからドラゴンに宿る「魂の記憶」と関係がありそうだ

主人である「黒龍」は産まれるときに鍵を必要とする
その鍵が生贄なのか 違うものなのかはわからない
全てのドラゴンを統べる存在の「黒龍」が
何故だか 一つ目にも関係してくる気がしてならない

ウロはそこまで考えると もしかしたらと思った
一つ目の真の能力を考えるなら 辻褄が合うかも知れない
先ほど出会ったばかりの一つ目の男に
それを伝えなければならない

そしてこうも思った あらゆる地域の情報を聞くと
バラクサはとても珍しいのかも知れない
そう思うと あの一つ目の男は
自分が知っているクロウより もっと迫害されてきたかも知れない

(次に会ったら まずは間違いを謝らなければ)
ウロは優しく微笑み 小さな窓から差し込む月の光を眺めた
(クロウを見た最後の日も こんな綺麗な月の夜だった)
寂しさからか 老いからか ウロの目から涙が溢れていた

クロウは手先が器用だったので
村の調度品や土産物などを作って売りに行った
アンジェは活発だったので
暇さえあれば森へ狩りに出かけた

幸せに暮らしていたウロとクロウ アンジェだったが
その幸せは長く続かなかった
二年後 十八になったクロウとアンジェが婚約した年に
バラクサが焼き尽くされてしまったのだ

銀のドラゴンを奪いに来た野党が クロウとアンジェの家族を襲った
口を割らないことに腹を立てて 村の家へ次々に火をつけていった
それでも村の人々は クロウとアンジェのことを隠し通した
それは深夜から明け方のことだったので クロウとアンジェは寝ていた

村の人々は何とか逃げ延びたり 見逃されたりした者もいたが
クロウとアンジェの両親は殺されてしまった
逃げ延びた村人の一人は ドラゴンに手紙を届けさせた
クロウとアンジェは急いで村へと向かった

アンジェは剣術に長けており 銃も撃てた
クロウは争いを好まなかったので 銃を持ったこともなかった
焼き尽くされた故郷を見て思うことは
全く違っていたのかも知れない

「もっと早くに知らせてくれれば!」クロウは村から家に帰ると 叫んでいた
「そんなこと出来る訳ないじゃない!殺されるのよ!」アンジェも叫んでいた
「そうか だが どうして 俺たちのために……?」
「私は 許さないわ あなたはどうするの?」

「俺は……」クロウはウロを見た ウロは何が何やらわからずに居た
「俺は みんなが守ったウロを守るよ」クロウはまっすぐにアンジェを見た
アンジェの瞳は愛おしい人を見る優しさと 復讐の炎が混じった色だった
「わかったわ 私は行く あなたは私の帰りを待っていて」

それから しばらくしても アンジェは戻らなかった
探さなかったわけではない 情報を聞かなかったわけでもない
ただ クロウはアンジェを待ち続けることを選んだ
アンジェと共に 人間を殺す気にはなれなかったのだ

アンジェは殺人犯として指名手配された
村にやってきた連中 そしてその家族を殺した
その数は四十を超えた
アンジェは捕まった 凶悪な殺人鬼として名を残してしまった

アンジェは最後までクロウのことを考えていた
手紙を送ろうとしたが 自分にそんな資格は無くなったと思った
結局 二人は結婚することなく 死刑が執行された
クロウは新聞やニュースを見なくなったので それを知らなかった

その年 クロウとアンジェは二十五歳だった
七年の間に ウロはさらに成長した
大きな銀色の身体を隠すために自然に身を置き
苔を生やし始めたのはこの頃だった

クロウとウロは知らなかったが
アンジェと行動を共にしていた幼いドラゴンがいた
孤独を埋めるように 大切に育てたらしい
そのドラゴンがウロの夢に現れた

アンジェの復讐は成功し 一人残らず殺したこと
最期までクロウのことを気にかけていたこと
彼女はまたウロと遊びたかったということ
そして 死刑になったこと それらをウロに伝えた

クロウはアンジェの死を知った日の 月の綺麗な夜に
あらゆるものを詰め込んで 家を出て行ってしまった
ウロは取り残されたが バラクサの生き残りが村に戻った噂を聞き
せめて 楽しい思い出の詰まったバラクサに戻ろうと 空へ飛び立った……

……回想はそこで中断されてしまった
建物の扉を壊す大きな音が聞こえたからだ
ウロは驚きつつその方向に目を向けると
コートを着て顔に布を巻いた男が立っていた

妙なことに その男の身体には紋様が浮き出ていた
「誰だ? その顔に見覚えはないな」ウロは冷静に言った
「くせえ…… どこだ? クソッタレ 燃やしちまうか?
 あ? これで良いのか? もうどうでも良い」

男の後ろから もう一人の男が現れた
「よう リオウ 放っちまって良いのか?」
「ああ エンジ その“見えない炎”で焼いちまおう」
「わかった 待ってな すぐやってやるから」

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