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詩「強がりのクロウ」👁️9

20240906

「ダメじゃない……リオウ 約束だったでしょ?
 早く金を返してって言ってるの わかる?」
冷たく言い放ったエミリはまだ十代だった
リオウは借りた金を返せずに責められていた

その頃のリオウは まだ火傷を負っていなかった
ギャンブルに溺れて 女に溺れて 酒に溺れて
自暴自棄に過ごしている若者だった
リオウはエミリを見つめると 弱々しく言った

「いや 少し待ってくれよ あと少しなんだ
 そうしたら全部……」エミリが部下に指示を出した
水の入ったバケツに顔を突っ込むと リオウは暴れた
溺れ死ぬ寸前で引き上げられると とエミリは笑っていた

車はもうそろそろバラクサに着くところだ
ジュンはまだ寝ている リオウは起き上がると彼を見た
「今 何時だ?」目をこすりながら聞いた
「十時 だいぶ疲れていたようだな」彼は答えた

車を走らせて三日目 観光客向けの施設を見つけた
ガソリンスタンドと飲食店に立ち寄り 休憩をした
ジュンは生まれて初めて見る料理に興奮していた
「どれもこれも美味しい!街にはこんなものなかったね」

リオウは浮かない顔をしていた
「どうした? 腹でも壊したか?」彼は言った
「腹は大丈夫だ ただ 二回連続で同じ夢を見てな
 不吉な感じがするんだよ こう ザワッと」リオウは胸を押さえた

「嫌な夢だったのか?」彼は紫色のソーセージを食いながら言った
「いや そうでもねえ 今となっちゃ懐かしいことだ」
「過去にあった出来事の夢か?」彼は緑色のネバネバを食べた
「ああ そうだ というよりお前 何食べてんだ?」

「これか? これはこの地方でしか食べれない藻の一種だ
 こう見えてまだ生きてる 踊らないが踊り食いだな」
リオウは眉を顰めながら「ウゲ 気持ちわりー」と言い
赤いプルプルとした半透明の魚を食べた

食べ終わる頃 リオウは一本の電話を受けた
彼はジュンと楽しそうに話していたが
電話口から聞こえた声を耳にしてみるみる青ざめた顔をしたので
ただ事ではない雰囲気を感じて黙った

「おい 嘘だろ?」話し終えたリオウは震えていた
火傷の痕がヒリヒリと痛み始めた
「どうした?」彼が声をかけるとリオウは立ち上がって叫んだ
「どうしたもこうしたもねえよ! ボスが……」

他の客が一斉にこちらを向いた
「……出るぞ」彼はそう言うと会計を済ませた
ジュンはリオウを心配そうに見つめていたが
リオウは前を見ているようで 何も見えていなかった

車に戻ると彼は聞いた「エミリが どうかしたのか?」
「死んだよ 街の近くの川で見つかったってよ」リオウは言った
「え?」ジュンは驚いて声をあげた
「頭に一発 撃たれたらしい」リオウはずっと何も見えなかった

「そうか……なんて言ったら良いか……」彼は顔を伏せた
「なんて 言ったら だと?」リオウは彼を見た
「お前 何処まで他人事なんだよ ボスは死んだんだぞ?
 お前の親友がな 関係ないとは言わせねえ」震え声だった

「そう そうだよな 俺が巻き込んじまった
 すまねえ あいつのことを……」
「そうじゃねえ! それもあるが 悲しんだり出来ねえのか?
 お前には人の心ってもんがあるのか?」

リオウは彼の胸ぐらを掴んだ
「お前にとって一番最初のダチだろ? なあ
 そりゃ確かに 近頃は会ってなかったろうがよ
 もっと言うことねえのか? 冷静だなお前は」

彼はリオウに掴まれたまま抵抗しなかった
「分かっている 悲しいよ 俺だって
 犯人はわかっているのか? 今から戻ろう
 ジュン すまない これから街へ……」

リオウは思い切り彼を殴った
運転席の窓に後頭部をぶつけて 彼は顔を歪ませた
突然のことにジュンの心臓は飛び出そうだった
リオウは泣いていた 彼を睨み付けていた

「お前が街に戻る? ふざけんなよ 良い気になるな
 犯人なんて俺らが探してるに決まってるだろ
 ボスを殺してタダで済むと思うのか?
 誰だったとしても 八つ裂きにして殺してやるよ」

「……そ その口ぶりだと まだわかってねえんだな
 俺が探した方が早いんじゃないか? お前らは
 そうやって頭を働かせずに先に手が出やがる
 冷静に判断なんてしたことないんじゃないか?」

「お前だってそうだろ? 勝手に面倒ごとを持ち帰って来て
 ヤバくなったら誰かを頼って ヘラヘラ笑ってやがる
 そのせいで親友殺されてもへっちゃらってわけだ
 巻き込まれた奴らの気持ちを考えたことあんのか?」

そう言い終わった時 リオウはハッとした
ジュンを見ると その瞳に色が無くなっていた
「あ いや」リオウは何かを言おうとしたが
彼が遮った「お前にとって こいつがその 面倒ごとなんだろ?」

リオウは煙草を取り出して 布を下げ 火をつけた
彼も煙草を咥えて 火をつけた
ジュンは何も言わずに黙って 彼とリオウの間を見た
少しの間 吸い込む音と吐き出す音が流れた

「ご……ごめっ ごめんなさい」ジュンがしゃくりあげた
彼はリオウと目を合わせた リオウは困った顔をした
「いや そう言う意味じゃねえ 泣くなよジュン
 悪かった お前のせいじゃない」リオウは言った

「いや……でも……」ジュンが絞り出した声で続けた
「僕がクロウのところでお世話にならなかったら
 きっと エミリさんは殺されなかったよね?
 怖い人たちがたくさん 敵にならなかったよね?」

「いや そんなことはない ただ
 もし教団の奴らが犯人だとしたら 俺のせいだ
 俺がこいつらを巻き込んじまったのが悪い
 お前は何も悪くない 安心して良い」彼は言った

怒りと悲しみによってリオウは震えていた
「そういう……そういうことじゃねえって!
 誰が悪いとか 悪くねえとかじゃねえんだよ!
 お前には言いたかったんだ! そういうところがろくでもないんだ!」

彼は煙草を吸いながら黙ってリオウを見つめていた
「お前さぁ わかるだろ? ボス いや エミリが
 死んだんだ! お前にとってそれは心が壊れそうに……」
そこまで言うと リオウは自分の胸を掴んだ

彼は何処までも冷静だった 次にどうするかを考えた
エミリはそんな彼の真似をしていたと リオウは気付いていた
それがどんな感情によるものなのかは定かではなかったが
薄々気付いていた エミリの想い そして それを無視していた

「俺は 俺はなぁ ボスを尊敬してたんだよ」
リオウの頬には涙が伝っていた
「ボスとしても 一人の女性としても 大切だった
 でもよ 言えなかった だから悔しいんだよ

 死んじまったら何も伝えられねえ!
 そんなことくらいジュンにだって理解出来てる!
 それをお前は理解出来てねえ
 平気な顔でヘラヘラして 何もなかったように過ごすんだよ」

彼はジュンを見た ジュンはまだ事態を受け止めていなかった
そしてため息を吐くと リオウを真っ直ぐに見た
「これは俺の罪だ 罰を与えたいなら勝手にしろ
 だが そうだな 俺は冷たいのかも知れない 次どうするかだ」

リオウの目には彼への軽蔑の色が滲んだ
「ほう そうかよ 大層なご身分だな 勝手にしろ
 俺は降りる ジュン 悪い もうこいつとは顔を合わせたくない
 街に戻るが 迎えを呼ぶよ じゃあな」

助手席のドアはゆっくりと開き 勢い良く閉められた
「待って!リオウ!行かないでよ! ごめんなさい
 本当に 本当にごめんなさい! 待って!
 リオウ! ねえ! 待ってよお……」

ジュンはうずくまって泣いた 彼は煙草を吸った
「ねえ クロウ」しばらくすると掠れた小さな声でジュンは言った
「なんだ?」彼は車の外に広がった晴れ渡る空を見ていた
「どうして どうして泣かないの?」

彼は眉間に皺を寄せた 一つ目が怒りに燃えていた
「どうして 平気そうにしているの?」
ジュンは涙を拭いて彼を見たが
その表情を見て 自分が吐いた言葉を後悔した

彼の瞳は暗いグレーに染まっていた
歯を食いしばって 空を落とそうとしているように見えた
今にも爆発しそうな感情を必死に押さえ込んでいるようだった
何よりも その姿が 憐れで仕方なかった

「クロウ」「なんだ?」彼の声はいつもと変わらなかった
「我慢しなくて良いよ 何か言ってよ」
「そう そうだな わかった」
「うん ごめんなさい 僕は少し外の空気を吸うね」

リオウはまだ駐車場に居た
入り口の横にあるベンチで頭を抱えていた
「リオウ……」ジュンは勇気を出して声をかけた
「なんだ? 座れよ」リオウはベンチをコンコンと叩いた

「あの……エミリさん のこと ごめんなさい」
「いや 悪かった そう思っているわけじゃないんだ
 お前がボスを巻き込んだとか クロウのせいとか
 そういうことじゃない 俺が怒ったのは

 あいつが無理をするからなんだよ 嘘をつくからだ
 俺よりも辛いはずなんだよ きっと
 あいつは俺なんかよりボスのことを知っているんだ
 あいつとボスのこと 何か聞いてるか?」

「いや 全然」ジュンはリオウの隣で足を揺らした
「そうか 本当に鈍感なやつなんだなあいつは
 俺が思うに ボスにとってあいつは大切な人だ
 なんていうか こう……」「クロウのこと好きだったの?」

リオウは唖然としたが 間を置いて笑った
「どうだろうな それはわからない
 でも そうだったのかも知れないな
 あいつことばっかり聞いてくるしな

 今日はクロウと何処行った?だの
 何を話した?だの ことあるごとにな
 ボスはクロウの話をすると良く笑ってたよ
 だから 俺も有ること無いこと 喋ってた」

「無いことは余計じゃない?」「そうだな」
二人は笑った それからジュンは車の方を見た
「多分 あいつはヘラヘラしながら 心で泣いてるんだ
 俺はそれが耐えられねえ」リオウは煙草に火をつけた

「嫌いになったの?」ジュンは不安そうに言った
「いや そうじゃねえ 辛いんだよ
 友達が辛くても泣けないでいるのを見るとさ
 感情を殺さなきゃやってけないんだ あいつは

 ジュン お前を見捨てたりなんてしねえよ
 ついでだが クロウも見捨てない
 ただ 俺はボスの敵を討たなくちゃなんだ
 街へ帰って マフィアの連中に合流する

 それが終わったら また一緒に出かけようぜ?
 ここの料理最高だったよな! 食い足りねえよ
 腹壊しそうだけどな ジュンはどうだった?」
「どれもこれも美味しくて最高だね!」ジュンは笑った

車に戻ると彼はいつもの通りだった
助手席に座り ジュンはシートベルトをつけた
車が動き出すと思っていたら 止まったままだった
彼は煙草を咥えながら その灰が落ちるのを見ていた

「どうしたの?」ジュンは前を向きながら聞いた
「悪い もう少し止めても良いか?」彼の声は震えていた
「うん 良いよ」ジュンは誰に向けるでもなく微笑んだ
その後に聞こえた鼻を啜る音は聞こえないフリをしながら

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