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詩「鈍色のエミリ」👁️8

20240905

エミリの負った傷は想像より深く
入院することになってしまった
流石に部下たちへ言い訳をしなければならなくなり
「短いが海へと旅行に行く」と伝えた

病室で外を眺めた 街がよく見えた
「アイツら大丈夫かな」独り言をそっと吐き出した
「失礼 エミリさんはここに居るかな?」
振り返ると そこには若い男が立っていた

「はい 私ですが?」エミリは答えた
咄嗟に悪い予感がした 男は笑った
「良かった 生きていたのですね」
不振そうな視線に気付くと 男は名乗った

「僕はケント あなたを探していました」
「誰? いかにも怪しいって感じがするけど」
「ははは そうですか 安心してください」
「何の用? 早く帰って欲しいんだけど」

男は帽子を取った 金髪のロングヘアーで
瞳は緑で鼻が高い 唇は薄く いわゆる美青年だ
何にも触れたことがなさそうな白い肌が
エミリにとっては 不気味さを増幅させた

「仕事柄 恨みは買うかも知れないけど
 アンタみたいなのは初めて見たよ」
「でしょうね 僕もここに来たのは初めてですし
 あなたを良く知りません なのでこうしましょう」

隣のベッドに座り ケントはため息を吐いた
「これから私は質問します ですから
 あなたは答えてください
 人間は対話によって信頼関係を築きます」

エミリは胡散臭いと思いながら
「わかったわ 何でも良い 早く終わらせて」と言った
「では早速 クロウのことですが……」
エミリは護身用にベッドに隠していたピストルを出した

「おや? 撃ちますか? 僕はクロウの知り合いかも知れない」
「うるさい! お前 ここらに来たことないんだろ?」
「クロウが行った先は? 知っているのですか?」
エミリは混乱しながら この男を撃つべきか迷った

「続けますね 今どこにいるか知ってますか?」
「知らない」エミリは嘘を吐いた
「そうですか 残念です 友人として渡したいものがあって」
「それも知らない 関係ない」

「とりあえず落ち着いて 僕は敵じゃない
 むしろ有益な情報を持っています
 ではジュンとリオウは? 彼と一緒ですか?」
「知らない」エミリはまた嘘を吐いた

「あなたは嘘が得意ではないようですね
 顔を見ればわかります ほら また
 引き攣ってますね 左の目蓋がピクピクとしてます
 強がってはいるが心底怯えている」

エミリは男に近付き 額に銃口を当てた
「引き金を引きますか? 引けば良い
 そうすれば話は簡単です
 しかし 疑問があるのは事実でしょう?」

エミリは心底イラついていた
間違いなく教団の関係者だと分かっていた
それなのに何故か 引き金を引けなかった
その声が心地良いとさえ感じていた

「話を続けますね あなたのことは調べました
 複雑な経歴ですね 人の道を外れている
 しかし それはどうでも良い
 私は興味が出たんです 何故彼らに協力するんです?」

「それは……」言葉が詰まった
クロウを愛しているから と言いかけた
「あなたが クロウを慕っているから
 ですね?」心を読むようにケントは言った

「な 何を言っているの?」
「当たっているようです 表情を見ればわかります
 本当にわかりやすい ぜひうちに来て欲しかった」
「やっぱり 教団の奴なのね」エミリのピストルが震えた

「そう ただ それだけじゃない
 教団は何年前から存在しているか知ってますか?
 30年前です 僕は生まれてませんでした
 教祖は父です 正体が分かりましたか?」

エミリは引き金を引かなくてはと強く思った
しかし同時に その前に何か出来ないかと探った
「そう それは凄いわね でも私は何も答えない」
パチンと音がすると エミリは呆然としてしまった

ケントが指を鳴らした エミリの身体が動かなくなった
「どうです? 怖いですか? 誰も助けに来ませんよ
 良いことを教えてあげます 彼らは殺される
 そしてあなたも 彼らよりずっと早く」

エミリの心は恐怖でいっぱいになった
「さあ 言いなさい 彼らは何処に?」
「……バ バラクサ ドラゴンに 会いに」
エミリの感情とは別に声が出ていた

「おお バラクサ 良いとこですね 観光ですか?」
「ジュンの 秘密を 探るため」
「おやおや それは無駄足かも知れません
 僕に聞いてくれれば良いのに クロウは案外バカですね」

心の恐怖に怒りの炎が混じった
「凄い まだ銃をこちらに向けられるのですね
 大したものです それに比べてクロウは
 僕らに歯向かうことも出来ず逃げている」

エミリは必死で指に力を込めた
「ころ 殺 ……ころし てやる」
「凄い! 話せるのですね 僕の催眠をかけられて
自分の意思で喋る人間を初めて見ました」

(催眠? 私はそんなもので動けないのか)
エミリは悔しかった 涙が出てきた
「ああ 可哀想に エミリ あなたはとても美しい
 憎しみが愛に変わるのであれば 僕はあなたを愛しましょう」

「く……くた ばれ」エミリは突き刺すように睨んだ
ケントは笑い出した そして質問を続けた
「あなたはクロウを愛していますね?」
「愛して いるわ 何よりも とても」エミリはまた答えてしまった

「そうですか……それは残念だ」ケントはそう言うと
エミリの唇に自分の唇を重ねた
エミリは吐き気を催した 必死に抵抗しようとしたが
逆らえずに ピストルを構えた腕を下ろしてしまった

そしてケントの肩に手を回すと目を閉じた
ケントは唇を這わせエミリの耳元で囁いた
「そう それで良いんです さあ 本当のことを言いなさい」
「あな たを 愛して います もっと キスを して」

するとケントはエミリから離れて下品に笑い出した
「ははははははは 無様だ 良いですね」
エミリの心には悲しみと悔しさしか残らなかった
涙が溢れて止まらなかった

ケントはいつの間にかエミリのピストルを持っていた
エミリに向けると 笑い顔のまま言った
「さて 最後の質問です これで終わらせましょう
 クロウの一つ目の秘密を知っていますか?」

「知らない」感情とは別に言葉が出た
本当に一つ目の秘密なんて聞いたことがなかった
「そうですか それは残念です
 僕にとってはむしろ 好都合ですが」

ケントはまた指を鳴らした
全ての感覚がエミリに戻ったが
膝から崩れ落ちて唇を掻きむしってしまった
「おや? その様子だとファーストキスのようですね」

「ふざけんなクソ野郎! てめえ!
 人の気持ちを弄んで楽しいのか?
 お前らは絶対にぶっ殺してやる
 私が無理でもクロウが クロウなら 絶対……」

エミリは泣いた 生まれて初めて感じるほどの強い憎しみが湧いた
涙が病室の床に落ちて その音を聞いた
それでも エミリが見失わなかったものがあった
最後に言う言葉 それを言ってから死んでやろうと思った

「僕はね 殺す瞬間は催眠を解くことにしてるんです
 無様な人間が最期に何を言うか興味があってね
 まあ 大抵はくだらない クソみたいな罵倒ですが
 あなたは何を聴かせてくれますか?」

エミリは心を落ち着かせた
この距離から飛び掛かってももう無理だ
銃口はこちらに向いていた 終わった
(なら ならせめて)エミリは前を向いた

「クロウ 初めて会った時から 大好きだったよ
 その笑顔を見るだけで 私は充分だった
 光のない日々に 光を与えてくれてありがとう
 伝えられなかったけど クロウ 元気でね」

銃声が鳴り響いた
病室はしばらくの間 静まり返った
「なるほど そう来たか
 負けました 笑って死にやがって」ケントは出て行った

エミリの額には穴が開いた
伝えられなかった言葉を ケント以外は聞かなかった
エミリは満足そうに微笑んでいた 涙は血に押し流された
病室から運び出された遺体は川に捨てられた

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