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詩「物知りのウロ」👁️12

20240911

バラクサの村長は陽気でご機嫌な老人だった
「良く来た良く来た どうしたんだ?
 そんな暗い顔して! 若いのに!
 そういう時ゃあ うちの藻を食うと良い! 元気になるぞ」

彼は少し押され気味に答えた
「ああ 食って来たよそれ 美味かった
 そんなことよりもほら 約束忘れてねえよな?
 ウロってドラゴンと話して良いんだろ?」

「もちろん! 好きなだけ話していけ!
 そこのちっこいの! なんてデカい帽子を被ってんだい?」
彼は後ろを向いて歩き始めた ジュンは戸惑いながら答えた
「お気に入りなんです 似合います?」

「とっても似合うが バラクサの藁の帽子の方が良いぞ?
 藁に虫を溶かした液を染み込ませてあるから決して腐らない
 その帽子と交代で使ってやれ!持ってって良いぞ!泥棒め!
 ほら 遠慮しないで! それ被って兄ちゃんに着いて行きな!」

村長の家を出るとジュンは奇妙な帽子を被っていた
外で待っていた彼は思わず吹き出した
「おいおい 何だよそれ 似合わねえな」
「……失礼だよ 貰いもんだから大切にしなきゃ」

二人は巨大なドラゴンを繋いでいる建物に向かった
そこにはドラゴンたちが五匹居るが
働けなくなり死を待つだけの存在らしい
そのせいか ドラゴンたちの瞳は暗い影を落としていた

一番奥に 一番大きなウロが居た
身体は苔むしていて深緑になっているが
本来は銀色の龍らしく 苔が剥げて所々光っている
ウロは眠そうにしていたが 彼に気付くと大きく目を見開いた

そしてゆっくりと座り直し 高い天井に届きそうな首を伸ばして曲げた
彼にウロの鼻息がかかり ジュンは思わず彼から離れた
それからむにゃむにゃと口を動かし 少し頭を振ると
低く唸るような声で ウロは話し始めた

「ほう ようやく来たのか 一つ目
 そなたを呼んでいた ずっと前からな
 その目をよく見せてくれ
 おお 美しく大きな目だ 人間とは違うな」

「ん? 何を言ってるんだ?
 俺はお前とは初めて会ったはずだし
 連絡なんて受けてねえぞ?
 誰と勘違いしているんだ?」

「おや そうだったか? てっきり
 一つ目だから おや? いや そうだ そなただ
 そなたを待っていた 長いこと留守にしおって
 寂しかったぞ 会いたかったぞ」

ウロは何が何だかわからない様子の彼に顔を擦り付けた
服のそこら中に苔が付いて 彼はとても嫌な顔をした
酷いにおいだ ジュンは鼻で呼吸することをやめていた
「何だってんだ? 俺を知っているのか?」彼は聞いた

「暇な時には絵文字のメールまで送り合った仲なのに
 そんな知らないフリをすることもないだろう?
 ところで アンジェはどこだ?
 彼女は今日は来ないのか?」

ウロはきょろきょろと周りを見渡し
ジュンを見つけると 首を伸ばして確認した
大きな瞳はぎょろりとしていて恐ろしく
ジュンは少し怯えながら固まっていた

「小さきものよ そなたは数奇な存在だ
 見ればわかる マリン ああ 懐かしい響き」
「え? マリン? お母さんを知っているの?
 どこかで会ったことがあるの?」ジュンは早口で言った

「慌てるな 話してやろう そうだな あれは何年前か
 美しいマリンは人間の男と恋に落ちたのだ
 それはドラゴンにとって とてつもない罪だった
 なのでマリンは 身を隠すしかなかった

 しかしある時 私の元に訪れた彼女は
 私はもう逃げません 彼の子を産みますと宣言した
 私は迷ったが 応援することにした
 ドラゴンたちに もうマリンを放っておけと命じたのだ」

彼は話を聞き終わると質問した
「ウロ マリンはどんなドラゴンだった?」
「そうだな 一言で言えば気高いドラゴンだった
 我が子に殺されたのは幸せだったかも知れん」ジュンは顔を伏せた

「待てよ ジュンは一言もマリンの最期について話してないぞ?
 何でジュンが殺したってわかるんだ?」
「そなたともあろうものが そんなことも知らないのか?
 ドラゴンの魂は記憶を共有する」

「共有するって どういう風に?」彼は聞いた
「そうだなあ こればっかりは一つ目にも伝わらんだろうが
 全ての記憶を同時期に把握するわけではない
 何となく ふとした時 流れ込むのだ

 それは形を夢に変えたり 人間や動物だったり
 あらゆるものの暗示として現れて それを読み解くのだ
 マリンが殺された時 目覚めると目の前に親子のネズミの死体があった
 その子ネズミは 母親の腹を少し食べていたのだ

 それを見て 母のネズミはマリン 子はジュンだとわかった
 子ネズミは母親を食べて 母親より少し生きながらえた
 そして 子ネズミの目は母親を認識していなかった
 母親とは知らず 腹を食べてしまったのだろう

 暗示されたものを繋ぎ合わせると 母親はそうと知らずに殺され
 子供は生きながらえた といったところだな
 それ以外はただ起きたことに過ぎない
 だから 人間には到底理解出来ない」

ウロは言い終えると欠伸をして眠ってしまった
彼はこつこつと頭を叩いてみたが 地面に転がった頭はびくともしない
ジュンは衝撃を受けてポカンと口を開けていた
彼はジュンを見て「な?来てみてよかったろ?」と言った

「う うーん どうなのかな?
 でも結局 僕がどう黒龍と関係するかとか
 教団のナンチャラとか 聞けなかったね
 心地良く眠ってるや 起こすのも悪いね」ジュンは困り顔だった

「それにしてもこの爺さん 本当に俺のこと知ってたのか?
 俺は何も知らないが こんなでかいドラゴン見たことすらない」
「それもドラゴンの“魂の記憶”なのかな?
 共有するってどういうことなのか どのくらいなのかな?」

二人とも何が何だかわからないという顔で建物を出た
彼はにおいのせいでダメになった煙草を捨てた
ホテルに向かいながら二人は黙り込んでいた
のどかだが村には活気があり 美しかった ジュンはそれを眺めて歩いた

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