詩「人生悪役ⅩⅩⅩⅢ」

2021-01-27

「本当ですか? 彼が 本当に?
 僕を迎えに来てくれるんですね!」
タヌキがそう聞くと 男は頬杖をついて答えた
「まあ そうですね あなたはここを出れます

 ただ はっきりとさせておきたいことがあります
 あなたは 強い妄想に囚われている
 十年前 あなたは道端に倒れているところを発見され
 この施設に保護されました

 恐らく事故か何かに巻き込まれて
 記憶が曖昧になってしまいました
 過去の記憶はあなたの中で作られたもの
 恐らく 創作物から着想を得た

 良いですか? あなたを迎えに来る人物は
 あなたが思い描く人物とは違います
 あなたはその人物を覚えなければならない
 そして 共に生活しなければならない

 私共は あなたを違法に外へ出します
 あなたに危険性がなく 彼が強く希望し
 あなたも彼に会いたいと思っている
 そして それが一致したから 外に出れるわけです

 もともと この施設はあなた方のような人に対して
 投薬実験を行う場所です
 自分で言うのもなんですが
 こんなところにいるなら 外に出たほうが良い

 前任のあなたの担当者は
 あなたの異常性を恐れていた
 でも 心配なさらずに
 前任者も 同じく狂人だったのです

 別の施設で 前任者に投薬実験が行われています
 何故 ここまであなたにお話しするかと言えば
 あなたは無力で無知 そして無価値だからです
 投薬実験にも使えない クソモルモットだからです

 良いですか? あなたはダストボックスへ
 投げ込まれる寸前に 私に救われるのです
 感謝をしてください そして
 この書類にハンコを押しなさい」

タヌキは 男が言っていることを
半分も理解出来なかったが
「タヌキの記憶の中の彼が存在しない」
そう言われたことだけは 理解出来た

タヌキは その言葉を信じ切れなかった
(彼は確かにいるはずだ…)
そう信じたい気持ちもあったが
揺れる脳の中で 記憶は掻き混ぜられていた

ハンコを押すと 男は彼を部屋へと連れて行った
昼食は パンとスープと 四錠の薬だった
パンを食べ スープを飲み 薬を飲んだ
タヌキは 真っ白な壁を見た

彼の顔を 壁に思い描いた
はっきりと思い出せる 声まで聞こえる
ただ それが本当のことなのか
タヌキ自身 わからなくなってしまっていた

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