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詩「在りし日のマリン」👁️5

20240904

「ああ そうか いや 心配すんな
 ああ ああ わかったよ ありがとう
 それで? ああ そうなのか
 まあ 仕方ねえな おう わかった」

砂浜には誰もいなかった
プライベートビーチなんてものがあると彼は知っていたが
海に入って泳ぐような季節ではないから
なおさら静かな場所だった

「で? 街の連中 なんだって?」
リオウは心配そうに聞いた
彼は少しだけ困った顔をしながら
「俺の事務所が無惨な姿になっちまった」と言った

「え? 本当に? じゃあ仕事は?」
ジュンも心配そうにクロウを見つめた
「しばらくは休業だな 街にも戻れない」
彼は二人の横に座って煙草に火をつけた

細波の音が彼らのざわつく心を
優しく包み込むように寄せては返した
海は美しかった 昨日が嘘のようだ
ジュンは優しい時のケイジの顔を思い浮かべていた

「あのね」ジュンは体育座りをしながら小さな貝を拾った
「お父さんは 確かに怖いところもあったし
 痛い思いもさせられたし 嘘ついてたし
 浮気だってしていたし とんでもないと思う」

ジュンはまっすぐに水平線を見ていた
「でも 幸せな時もたくさんあったんだよ
 ここに来た時はマリンが ああ 僕のお母さんね
 僕を乗せて 海を泳いでくれたんだ」

「母ちゃんの名前 マリンなんだな」
リオウも水平線を眺めながら言った
「うん とっても良い名前だよね」
ジュンは笑って答えた

彼は黙って話を聞いていた これからどうするかも考えた
しかし 選択肢は少なかった 逃げることが何より優先だ
彼はこの世を少し憎んだ ジュンに同情した
自分が受けた迫害を思い出した そして深くため息を吐いた

「どうしたの? 具合悪そうだよ?」
ジュンが彼を見ながら聞いた
「平気だ で? お袋はお前と遊んで楽しそうだったか?」
「うん 笑ってた あの時お母さんって知ってたら……」
「ジュン 大切なことを教えてやるよ」彼は続けた

「人生では“もし”“あの時”“こうだったら”とか
 そう思うことが山ほど出来るだろう
 ただ それはもうどうにも出来ないことなんだ
 俺の目は色々見えちまって それを実感する

 人や動物が感情を残す時 その色が見える話はしたよな?
 俺はこの目で お前の母親の色を見たはずだ
 お前が殺したって俺にすぐバレたよな? あれはそのせいだ
 お前の手に 青い 悲しい感情が残っていたんだ

 お前に殺される瞬間 きっと深く絶望したんだ
 悲しくて仕方なかった お前を愛していたんだろう
 でも もうどうすることも出来ない
 死んじまったら最後 いくら後悔しても遅い

 お前は赤い 怒りの感情で母親を殺した
 それは取り返しのつかないミスだ
 そういうミスをした時 お前に出来ることは一つだ
 そこから這い上がり やり直すこと」

ジュンは黙って彼の話を聞き 理解しようとした
リオウはすっかり父親ヅラが板についてきやがったと思った
「お前は大丈夫だ これから何だって出来る
 その代わり やっちまったことの後悔は一生忘れるな」

「……うん わかった」ジュンは答えた
「まったく お前は偉そうに言いやがるな」リオウも笑った
「うるせえな これでも言葉は選んでるつもりなんだよ」
彼もにやけながら 照れ隠しで煙草の煙で遊んだ

「そういえばリオウ マフィアなんでしょ?
 こんな所にいても大丈夫なの?」ジュンは聞いた
「ああ 問題ねえ 自慢じゃねえがいつも暇なんだ
 ボスには連絡してある ジュンを守ってやれってさ」 

「え?何で?」ジュンは不思議そうにリオウを見た
「俺らはよ マフィアなんて名乗ってはいるが
 実際のところ行き場を無くした奴らの吹き溜まりなんだ
 ボスも生まれが特殊で ジュンの気持ちが少しだけわかるらしい」

「その人もドラゴンと人間のハーフなの?」ジュンは嬉しそうに聞いた
「いや そういうわけじゃねえ なんて言うかその……」
「奴は自分の両親を殺して家を出たんだ
 それからマフィアを作って 今ではボスだ」彼が付け加えた

「あのなぁ 簡単に言うなよお前」リオウは彼に言った
「でも事実だろ? 恥ずかしいことじゃねえ
 奴の場合 そうしなきゃ今頃 土の中だ」
ジュンはこの世には色々な家族の形があるんだなと思った

「俺は親を殺しちゃいないが 捨てられた」彼は呟いた
「そうなんだ 寂しかった?」
ジュンはまた小さな貝殻を拾いながら聞いた
「どうだろうな そうでもなかったよ」

三人は日が暮れるまで色々なことを話した
両親のこと 仕事のこと 街のこと
好きな食べ物や 嫌いな奴のこと
過去のこと そして これからのこと

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