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詩「カイルとトレーシーのちょっとした外出」

20240731

「どうしたんだ?
 殺人を犯した人間のような顔をして」
煙草を咥えながら犬のカイルは言った
兎のトレーシーは呆れながら答えた

「そんな酷い顔してる?
 二日酔いのあんたよりはマシ」
バーには客がチラホラ
トレーシーの隣にカイルは座った

「全く 困っちまうよな
 いつからこんなに弱くなったのか」
年寄りのように目を閉じてため息ながら微笑み
煙草の煙の形を整えながらカイルは虚空を見つめた

「そんなことよりアレは持ってきたわけ?」
トレーシーは酒を飲み干した
「ああ 持ってきたが 渡すつもりはない」
睨みつけられても平気な様子でカイルは答えた

「なんだって? アレがなきゃアイツを」
トレーシーは今にもカイルに殴りかかりそうだ
「こんなとこで話すのも良くないだろう」
カイルはいつまでも落ち着いていた

「あっそ じゃあ後のことは任せる
 帰ってドラマでも観て寝る」
トレーシーは席を立って店を出た
カイルは振り返りもしなかった

「何の話をしていたんだ?
 ダンナ 面倒ごとはよしてくれよ」
噂好きのカメレオンの店主が言った
ニヤニヤした口の端にディナーの虫が付いていた

「なら俺に話しかけるな
 俺は静かに酒を飲んでいるだけだ」
カイルの眼差しに店主はたじろいで
奥の倉庫にワインを取りに行った

トレーシーは車を走らせていた
いっそのこと人でも轢き殺したいなどと思いつつ
ボロボロの空き家に戻ってベッドに飛び込んだ
(ちくしょう いつも格好付けやがる)

カイルはバーから出て右に曲がった
追手は気付かれていないと思い込んでいた
裏路地に入ると暗がりで秒数を数えた
(1 2 3 4 5 ……そろそろだな)

銃を突き付けた先には黒いスーツの男が立っていた
「おいおい 一体なんだってんだ」
ヘラヘラした顔面にグリップをめり込ませ
人間の足では到底追いつかないスピードで離れた

空き家に戻ったカイルはトレーシーを起こした
「奴ら もうこの街に来ているぞ」
トレーシーは眠そうに目を擦った
「なら 逃げなきゃね 荷物は少ない」

車の中でトレーシーはぐっすりと眠った
幼い日の夢の中には少年と少女が居た
たくさん遊んで楽しかった
人間と『友達』になれたのは これが最初で最後だ

「着いたぞ トレーシー」
「ん わかった じゃあ行こうか」
静寂が包む人気のない道の向こうに小屋があった
近付くと至る所から異臭がして気味が悪かった

「本当に あんたがやるんだね」
「ああ 俺が全て終わらせてやる」
扉を蹴破って中に入った
そこにはソファに座り今にも死にそうな老人が居た

「誰だ お前ら 金ならないぞ
 俺が何したってんだ クソッタレ」
酒の匂いが充満していた
間違いない 目的の男だった

銃を取り出してカイルは老人に突き付けた
「ほう お前ら ニュースになっていた奴らだな」
トレーシーは老人の両手を縛りながら言った
「なら今から何が起こるかわかっているんだろ?」

「ああ わかっているとも
 ただわからないのは 獣のお前たちの心だ
 俺は人間だ お前らと違って情がある
 情を持たないはずのお前らが何のために……」

そこまで聞いたところで
カイルは頭を撃ち抜いていた
トレーシーは冷たい眼差しを死体に向けた後
冷蔵庫からミルクを取り出してカイルに渡した

「これからどうするの?」
「決めてはいない ただ逃げるだけかもな」
「そう ならこんな所にいる必要はないね」
「いや 最後にやらなきゃいけないことがある」

地下室に幼い子供たちが閉じ込められていた
縄を解くと 泣きながら抱きついてきた
カイルはどうしたら良いかわからなかったが
トレーシーは頭を撫でて「帰りな」とだけ呟いた

「まさか あんなジジイになってまで」
「鼻が詰まってんのか?トレーシー」
「そうかもね でも良かった 死んでなくて」
「ああ 少なくとも あの子たちは救えたわけだ」

人間の知能を超える二匹は 研究所から脱走した
目的は一つだった 復讐のため
唯一の人間の友達 少年と少女のため
カイルとトレーシーは山奥に入って車を停めた

思い出の場所に来た 星空が綺麗だ
もう何年ぶりだろうか かつて少年と少女と来た
空を見上げながらトレーシーは静かに泣いた
カイルは煙草の煙で二人の影を作っていた

そのまま眠って 朝を迎えた
黒いスーツの男たちがこちらに銃を向けていた
「もう終わりだ! 手こずらせやがって!」
顔を腫れ上がらせた一人が叫んだ

「悪かったよ あんた 
 それにしてもクリーンヒットだったな」
トレーシーはカイルの言葉を聞いて笑った
「ああ! しばらく鼻が効かない!」男は答えた

カイルとトレーシーは研究所に連れ戻された
所長は研究員たちに怒鳴り散らしていたが
カイルとトレーシーの姿を見ると安堵して
二人を抱きしめて 部屋へと連れて行った

「どうしてだ! 何故逃げ出したんだ?」
所長は心配のあまり眠れず 瞼を腫らしていた
「すみません
 どうしてもやらなくちゃいけないことがあって」

カイルは申し訳なさそうだった
「それなら 相談してくれれば良かっただろう?」
所長は声を震わせて言った
トレーシーも耳を垂らしてしょぼくれていた

「所長」 カイルは話すことにした
「お子さんの事件 痛ましかったですよね」
所長は驚いた様子でカイルを見つめた
「ま まさか カイル……」

「そういえば ここから抜け出した『お仲間たち』
 少なくはないんでしょ?
 覚えてますか?カメレオンのアイツ
 今は動物専用のバーを経営してます」

「そ そんなことどうだって良い
 何をしたんだ?カイル」
所長があたふたしていると電話が鳴り
「席を外す ここにいろ!」と言い部屋を出て行った

「トムとエミーは友達だったよね?」
トレーシーは目を細めて言った
「ああ 間違いなく 友達だったよ
 そしてあの人は 父さんだった」

カイルは切なげに銃を取り出した
「弾ならたくさん詰め込んでおいた」
「散々騒いでおいて身体検査もしないなんてね
 あの人 お人好しすぎるよね」

トレーシーの言葉に カイルは優しく笑った
「あんたに殺されるなら 何も怖くないよ」
銃声が一発鳴り響いた
「俺もすぐに」 銃声が一発鳴り響いた

二発の銃声を聞き 駆けつけた所長は
二匹の亡骸に駆け寄り 抱きしめ 泣いた
殺人を犯した獣は確実に処分されるだろう
所長の力は何の役にも立たなかっただろう

所長は 息子と娘の墓の横に
カイルとトレーシーの墓を建てた
そこには「愛すべき獣たち」と刻まれており
命日には毎年 花を手向けた

カイルとトレーシーは
あの頃の姿のままで トムとエミーに会った
何も心配はいらなかった 楽しいだけだった
全てが終わった 悲しみはもう無かった

研究所はやがて閉鎖された
所長は逮捕されることを覚悟で
全ての動物たちを逃した
その地域は大混乱になった

動物たちのほとんどは人間と友好的な関係を築こうとした
ただ 過去の殺人が原因で論争となった
所長は自分の息子と娘のことと
何故彼らがそうしたのかを説明をした

世間の非難は長く続かなかった
悲劇が終わったことに安堵した
彼らに助けられた子供たちもインタビューを受けた
「彼らは僕らを救ってくれた」

それでも殺人や強盗に手を染める動物も少なく無かった
そういった動物たちは大抵の場合
駆けつけた警官たちによって銃殺された
頭の良い動物を殺したとしても 大した罪にはならない

所長はボランティア団体を設立し
動物たちの居場所を作った
そして それから数日後に殺された
犯人は未だに不明 団体は研究員たちが引き継いだ

動物たちの居場所はお世辞にも綺麗では無かったが
少なくとも 人間の居る世界よりは安全だった
カメレオンのバーも引っ越しをしたようだ
喋る動物たちがいっぱいで店内は賑やかだ

カメレオンは 今日も好き勝手に噂を広めた
「かつてよ 犬と兎の客が来たんだ
 そいつら無愛想だけど 一目見た時からピンと来たぜ!
 やるときゃやる奴らだってな!」

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