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詩「囚われのケント」👁️14

20240912

朝 目覚めると外が騒がしかった
ホテルを出て村の様子を見ると 
ドラゴンを繋いだ建物に人だかりが出来ていた
彼はジュンを起こさずに そのまま様子を見に行った

村長が彼を見つけて言った
「ああ! 昨日の若いの 名前はたしか……」
「クロウだ」建物を覗きながら彼は答えた
「そうかそうか クロウさん 大変なことになった」村長は慌てていた

朝 餌やりに入るとウロが苦しんでいたらしい
何かに取り憑かれたか 何かの病気なのか
唸り声をあげ 白目を剥いていた
このままでは程なくして死んでしまう様子だと言った

彼は一つ目の能力ですぐに分かった
「こ これは呪いだ “見えない炎”  エンジって奴の仕業だ!
 くそ!あいつがなんで ここに来たってのか?
 エミリが仲間にしたって……」

彼はエミリのことを思い出し 胸が苦しくなった
言葉が出て来なくなり とりあえずウロの近くに向かった
人を掻き分け ウロを見ると
以前のリオウと同じように身体中爛れていた

「まさか クロウさん あんたの仲間が?」村長が言った
「違う そうじゃない すまないが ウロはもう助からないだろう」
村長は彼の言葉を聞き 膝をついた
彼は村長のそばに歩み寄り 言った

「ドラゴンを殺している教団の連中 そいつらの仕業だろう
 間違いない 知ってるか?」
「あ ああ 黒龍教だろ? 知ってるも何も
 あそこの教祖は この村の出身だ」

彼は驚いた まさかバラクサには教団の信者が潜んでいるのか?
しかし 村長はクロウに害を加えようとする気配がなかった
「な なあ クロウさん ウロが何か伝えたいらしい
 もっと近くへ寄ってやってくれないか?」村長は泣きながら言った

彼はウロの頭に触れられる距離に立った
熱を感じるが 触れても彼は火傷を負わなかった
「おお 来てくれたか クロウ
 昨日はすまなかった 人違いをしていたようだ

 昔の知り合いに あまりに似ていてな
 とっくに死んでしまっただろうに
 本当に良く似ている
 クロウ 最期にそなたに出会えて 良かったぞ」

苦しそうにしていたが 彼が触れると少し落ち着いた
白目を剥いていた瞳は 今はクロウを見つめていた
「何言ってんだ 間違いなんて気にしてない
 一つ目は見分けが難しいかも知れねえからな」

ウロは小さく笑った「クロウ 一つ目にはな
 真の能力が秘められている それを伝えたかった
 だが時間が 足りない だから北へ向かえ
 そこに ある 小さな 村の 遺跡……」

ウロは動かなくなった 彼は瞳から色が失われてゆくのを見つめ続けた
村長はウロと彼との会話でそれ以上彼を疑うことはしなかった
村長の家に呼ばれて ウロについて語ってくれた
ウロはバラクサにとって守り神も同然だったようだ

「ウロは よく一つ目の男の話をしていたよ
 そう クロウ あんたと同じ名前だった
 三百年前に出会って いなくなってしまった男だ
 バラクサはその頃 一度野盗に焼き尽くされてな」

「そうだったのか それは大変だったろうな
 一つ目の男か バラクサの居心地の良さの理由がわかった気がするよ
 だとしたら 俺がこの名前で呼ばれたのは
 何かの縁だったのかも知れないな 必然かも知れない」

彼は自分が名付けられた日のことを思い出した まだ少年だった頃だ
「ねえ 名前は?」エミリに聞かれた時に困った
「“一つ目”みんなそうやって呼ぶ」そう答えるとエミリは笑った
「本名! ないの? それは悲しくない?」エミリは絵本を持ってきた

それは一つ目の少年が主人公の絵本だった
少年の名前は「クロウ」 そこから取って エミリに名付けられた
「今度からクロウって呼ぶからね 良い?」エミリは絵本をクロウに渡した
「分かったよ 覚えやすくて良いかも知れないな」彼は笑った

「絵本の……主人公が」彼はそこまで言うと
自分が涙を流していることに気がついた
「クロウさん あんたどうしたんだい?」村長は心配そうに言った
「いや なんだろうな おかしい 気にしないでくれ」彼は涙を拭った

村長は彼の手を握りながら言った
「クロウさん あんたに何があったかは知らない
 でもきっと 大切な何かを失ったんだろう?
 言わなくてもわかる そんな暗い顔をしているから

 辛い時は いつでもまた バラクサに寄っておくれ
 藻はたくさんある 一緒に食べよう
 一つ目として生きるのも困難だったろう?
 この村は ウロのおかげで今でも差別するようなことはない

 そしてクロウさんが言っていた絵本
 あれは言い伝え そしてある程度の事実が書かれておる
 一つ目の何かを知りたければそれを読むと良い
 ウロが共に過ごしたクロウが元になってると言われておるからな」

彼は自分が思ったよりも手掛かりが転がっていたと感じたが
それは自分のルーツに関するものだけで
ジュンに関するものでなかったことに困惑していた
ならば何故 教団はジュンを誘拐したのだろう?

一週間後 ケントは彼の住んでいた街の喫茶店で紅茶を飲んでいた
その前に座るリオウは 虚ろな目を何とか開けていた
「まさかあんな小さな村に 一つ目の秘密を知るドラゴンが居るとは
 多少焦りましたが 間に合ったようですね

 向かわせるのはエンジさんだけで良かったかも知れないですが
 クロウさんが襲って来た場合を考えてあなたも同行させました
 バラクサはどうでしたか? 僕はあまり知らない
 父の故郷なので行ったことはありますが あまり良い記憶はないですね

 見て下さいよ この街 最初は汚らわしいと思ったけれど
 妙にそそられる何かがある それが何かわかりますか?
 それは人間の愚かさです リオウさんはここで育ったのですか?
 ここにいて汚染された心は 洗脳しても治らないのです」

「あ ああ そのようだな 俺にはちっとも
 汚れているようには見えない 美しい街だ
 ボスと クロウ そして ジュン
 あのチビはまだ会ったばかりだが そうだな

 街には良い奴だっている あんたがそれを知らないだけだ
 美しいか醜いかだけじゃない 人間なんて
 腹の中身は汚ねえもんだろ あんただって
 それに 俺にとっては あんたが一番愚かに見えるぜ」

「ご指摘どうも 流石の精神力です
 それはそうなのかも知れません 私は愚かなのかも知れません
 正直に言えば 私の能力はあなたより戦闘に向かない
 一対一でなければ 強力な催眠は効かないですから

 だから多少の時間をかけて洗脳する必要があった
 あなたもエミリさんと同様 強い心の持ち主だ
 言うことを聞いてもらえるよう 脳に細工をしました
 そうやって洗脳し 手駒を増やすことしか出来ません

 あなたの感情や理性を奥底に残しておいたのは
 クロウさんと戦わせた時に 面白いかなと思ったんです
 だってそうでしょう? 廃人だったら
 殺すことが救いになる可能性だってある」

リオウは笑った「あんたよぉ やっぱり坊ちゃんだよな
 甘いんだよ クロウはそんなに弱くねえ
 俺と殺し合った所で あいつにとっちゃ何でもねえ
 だから無駄だよ ジュンにとっては どうかわからんがな

 結局 あんたは負けるぜ? 俺たちにな
 俺は殺される準備だけしてある
 あんたにどれだけ命令されても 手を汚しても
 元から汚れちまってる 痛くねえんだよ」

ケントはため息を吐いた「正直 その通りですね
 エミリさんも含めて 本当に 心底
 僕はあなたたちが羨ましい 大義がないのですから
 我々は黒龍様のためにだけ生きる者 弱き生贄です

 父にそう教えられました 僕だってそう信じてます
 ただね たまに思うんですよ
 こういった街で育って 支え合いながら生きるのも悪くないなってね
 だからって 今更どうしようもないのです」

「……ケントさんよ あんたのことわからねえよ
 本当にそうなのか? やりたいのか? 信じているのか?
 親父さんに何を吹き込まれたのか知らねえが
 あんたはあんたの幸せがあんじゃねえのか?」

「勘違いしないでください 後悔はないのです
 そして 僕は今とても幸せです
 何故なら 目的の日が近づいているから
 私にとっては 本当に 死が救いなのです

 この世界を滅ぼしてしまえば良い
 僕を そして父を受け入れなかった世界など
 何の価値もない そう考えているのです
 笑えるでしょう? 笑ってください」

リオウは笑った「あんたとこれだけ話しちまうと
 あんだけ酷いことをされたことを忘れちまいそうだ
 クロウに迷惑もかけてるのによ どうなってんだか
 話すもんじゃねえよな 敵なんだからよ

 あんたは俺から見たら
 宿命に囚われた可哀想な王子様ってとこだぜ
 俺は救ってやりてえとさえ思う 悪行に協力せずにな
 まあ 望んでないなら 俺も救わないがな」

ケントは目を伏せた その表情は悲しみに満ちていた
「リオウさん エミリさん そしてクロウさんにジュンくん
 本当に 羨ましい 僕もそのように考えたかった
 それでも 僕は父を そして僕自身を 信じるしかないのです」

ケントは指を鳴らした リオウはそれまでの動きをピタリと止めた
虚ろな目はしっかりと開いたが その色は灰色だった
「ありがとうございます そしてごめんなさい
 僕は……あなたを殺したくないと思ってしまいそうだ」

ケントは紅茶を飲み続けた
小さな頃からの癖で 砂糖がたくさん入っていて甘かった
街を眺めて それを焼き付けるように目を閉じた
ケントは心の中で 何かが揺れるのを感じた

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