犬だった君と人間だった私の物語【第11話】青年
ペットショップに連れ戻された敏子の心臓はまだ強く脈打っていた。青年は、ケージに戻された敏子を、外の窓ガラスから心配そうに見つめている。敏子は息を切らしたまま青年に話した。
「リクさんに全部伝えたわ」
すると青年は被せるように質問した。
「リクの遠吠えが聞こえたよ! あれは、あれはなんて言っていたの?!」
敏子は一呼吸おいて、青年の目を見ながら答えた。
「ラブに伝えて欲しいって。また兄弟として一緒に生まれよう! って」
青年はそれを聞くと大きく天を仰いだ。何年ものしかかっていた青年の心の重しが、涙になり、頬をつたって流れ落ちていった。それを見た敏子の肩からも力が抜けていき、強く打ち続けていた心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていくのを感じた。
青年は涙声で敏子にお礼を言った。
「ありがとう。本当に本当にありがとう。怪我までさせることになってしまって、ごめんなさい。事実を伝えることができて、リクは安らかに眠ってくれると思います。僕は、ずっと心残りだったことが解決できて本当に救われた気持ちだよ。僕も、必ずお孫さんを助ける。」
そういうと、青年は敏子を見つめながら大きく頷いて続けた。
「だからもう一度、もう一度お孫さんの名前を教えて」
敏子は疲れたきった顔に似つかわしく無いほどの嬉しい表情で答えた。
「紀花よ」
すると青年は不思議そうな顔をした。聞こえていないのか、敏子はもう一度大きな声で言った。
「のりか」
青年は固まってただならぬ表情をしている。敏子はもう一度続けた。
「の・り・か。紀花っていうの」
青年はつぶやいた。
「言葉が・・・分からない・・・・・」
思いもよらない出来事に、敏子は言葉を失った。
第12話につづく
第1話 別れ
第2話 新しい姿
第3話 中庭
第4話 再会
第5話 ペットショップ
第6話 疑惑
第7話 奇跡
第8話 理由
第9話 可能性
第10話 動物病院
第11話 青年
第12話 記憶
第13話 名前
第14話 松田との暮らし
第15話 紀花
第16話 伝えたいこと
第17話 目撃
第18話 河川敷
第19話 数年後(最終話)