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犬だった君と人間だった私の物語【第17話】目撃


 それからというもの、松田とノンは毎週水曜日に紀花と出会った時間に合わせて駅前通りを散歩していた。紀花を何度か見かけたが、恋人といる紀花に声を掛けることができなかった。何よりも、松田は伝えなければいけないことが思い出せずにいたので、二人に割って入ってまで声を掛けることは出来ずにいたのだ。ノンはもどかしかったが、松田を信じて待つしかなかった。

 ある日、いつものように松田とノンが駅前を散歩していると、紀花の恋人が別の女性といちゃついている姿を見つけた。ノンは足をつっぱり、紀花の恋人の方を向いて睨みつけた。ノンの様子を見た松田もそれに気が付き驚いた顔をすると、そっとその男の背後に近づき、さりげなく会話を盗み聞きした。それは間違いなく恋人同士である二人が旅行に行く約束をしている会話だった。松田は、ついかっとなってその男の横顔を見た。
「なんだよ」
 男は松田に言ったが、松田は何も言えず、ノンをつれてその場を立ち去った。帰り道、歩きながら松田はノンに言った。
「紀花さんの恋人は、信用できない」
 ノンは大きな声で吠えた。
「それよ! あなたが紀花に伝えることはそれなのよ!」
 松田はノンの言葉を理解できなかったが、もう一度小さな声でつぶやいた。
「ほんと、あんな奴、信用できないよ」

 家に戻った松田は、ノンからリードを外し、散歩道具を片付けると、いつも通りソファにどすんと座りテレビをつけた。しかし、いつもと様子が違う。全く番組に集中できず、何度もリモコンを手にとってはチャンネルを換えてため息をついている。何を見ても頭に入ってこない、そんな様子だった。
 松田は『紀花の恋人が他の女性と旅行に行くことを、第三者である自分の口から紀花に伝えるべきか』悩んでいるのだ。
 部屋の隅に座っていたノンは、そんな重苦しい松田の後ろ姿を祈るように見つめていた。紀花を救えるかは、全て松田の決断にかかっていた。

 どれくらい時間が経っただろうか。しばらくすると、松田がテレビの電源を切り、今まで以上に大きなため息をひとつついた。そしてソファから立ち上がり、ノンの前にしゃがんだ。松田が何を言うか緊張し、息を呑むノン。すると、松田はゆっくりした口調で語りかけた。

「やっぱり、見過ごすなんて出来ないよ」

第18話につづく

第1話 別れ
第2話 新しい姿
第3話 中庭
第4話 再会
第5話 ペットショップ
第6話 疑惑
第7話 奇跡
第8話 理由
第9話 可能性
第10話 動物病院
第11話 青年
第12話 記憶
第13話 名前
第14話 松田との暮らし
第15話 紀花
第16話 伝えたいこと
第17話 目撃
第18話 河川敷
第19話 数年後(最終話)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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