チーズ牛丼の寓話 絶望の異文化
この記事では私の愛知県での最初の1年間あまりの経験のうち、とりわけ印象的なものを記す。
この記事は2本立てだ。
あまり面白みがないネタ話。
だが、今後を語るには欠かせない話なので後悔なく公開。
〇引っ越してホームシックになった話
〇文系インターンでのカルチャーショックの話
引っ越してホームシックになった話
引越しの日、バス停に母親を見送った直後のおぞましいレベルの不安感は未だに忘れられない。
大学に編入した俺は寮で一人暮らしを始めることになる。
だが部屋は狭くて壁が薄く、風呂トイレ別。趣味というか大声を出してストレス発散ができないのは辛かった。
情けないことに高専時代は寮生活ではなかったので、親元を離れて暮らすことへの障壁は高かった(長期インターンシップで10日、免許合宿で半月家を離れたことがあったが、それすら当時はキツかった)。周りの人間は寮生活だった人間が多く、一人暮らしには慣れきっていたので周りと比べると尚更適応に時間がかかった。
(過干渉親に親に縛られた実家暮らしかわいそ〜。突然の一人暮らしすらまともにできんのかい。というツッコミが止まらないのであった。)
帰りたさすぎる。引っ越して1週間はマジで毎週実家に帰る夢を毎日見ていた。夢の中で、「大学があるから帰らなきゃ」と悲しくなるのがお決まり。そんなこと言ってたらこの記事を書いてる途中での睡眠で家に帰るところで目が覚めたわ。ボケがよ。
帰りたくね?俺の学科は前期は授業がキツキツに入っていて日本の工学部有数の忙しさで、バイトしてる暇があるかも怪しいらしい。4ヶ月後まで帰ってられないのか。
帰りてー。普通の土日に帰るのは勿体ないから、GWに帰ろうと思った。だが、飛行機代はめちゃくちゃ高く断念した。
帰省しようにも俺の実家は北海道。周りの連中は電車とか新幹線でカジュアルに帰省できる人も多かった。土日とかにチョロっと帰っているようなやつが羨ましかった。
帰らせてくれ。そしてついに、この頃の俺にはあまりにも残酷な事実が襲いかかる。
1年上の先輩が「夏休みがある研究室に入れてよかったなあ」とか抜かしてたのを見た。
夏休みがない研究室があるの・・・???
もしも夏休みがない研究室に入ってしまったら・・・
本当に繊細な事だが、この程度でメンブレするくらいおセンチな状態だった。この想像がキッカケで抱えていた不安が爆発した。
帰りてえええええええええ
もうあの生活には戻れないのかと。
その日の夜は、完全にメンタルブレイクしてオイオイ泣いてしまった。
入学してから、「大学院に行く人は、家族や友達と過ごすよりもそんなことよりも研究がしたい人であることが求められるのだ」という事に気づく。遅すぎるだろ。
余談
ちなみにこの不安は、この時期の西本りみのリプライ企画に「ホームシックが治りません。」的にリプ送って和らげた。なので西本りみをディスりまくるオタクくんを見ると実はしんどい。
ちゃんちゃん。
文系インターンでカルチャーショック受けた話
この記事のメインストリームである。
2018年12月。金がなさ過ぎて拾った1dayアルバイト案件が、実は「有給インターン」なるものだった所から始まる。ちなみに地方スーパー。小売業界のインターンであった。俺の専攻は電気電子系なので完全に別業界である。
その日の朝、俺は行ったことのないローカル駅に招集された。前日くらいに、「主催者」を名乗る女からメールが来ており、そこに書いてある場所だった。なんで企業の人ではなくよく知らん学生から来るだろうと思ったが、ひとまず気にしないことにした。女学生だから出会いに繋がるかもみたいなキモイ考えもぶっちゃけあった。
・・・集合場所にいたのは学生が女5人くらいと男が1人。そこからインターン先に移動。
実は全2回構成の2回目らしく、1回目から引き続きで来ていた人もいたらしい。それならなんで2回目しか行かない人も許されてたんだよ。それもあって、この世の終わりみたいなアウェー感があった。
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