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日本における愛国主義・排外主義【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 日本の右派による性描写の規制に続いて、彼らの愛国主義、排外主義についても見ていきましょう。日本の天皇中心主義、国粋主義、日本文化至上主義は、徳川幕府時代にその源流があります。その時代に日本の国の成り立ちを考究し、神道や伝統文化に基づく心を究明する「国学」が、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤(国学の四大人)らによって確立されます。彼らは日本文化復権を訴え、インドや支那などの異国文化の崇拝を戒めました。ほかにも儒教思想から「天皇中心主義」「国粋主義」を導いた「闇斎学」や「水戸学」などがありましたが、徳川時代の権力者は大名や将軍であって、天皇ではありませんでした。そのため、これらは儒教正統派の「朱子学」やよりリアルな「徂徠学」などに比べれば、メジャーではない反体制的な思想にすぎなかったのです。
 しかし、幕末、黒船来航、開国をきっかけに、欧米勢力の軍事的脅威に直面した際に、これらのマイナーな思想が「尊皇攘夷(天皇を中心とする統一国家を樹立することで対外的脅威へ抗する)」と呼ばれるスローガンへと結実して、倒幕の志士たちの行動指針となってゆきました。猪野健治の著書『日本の右翼』(ちくま文庫)や『右翼』(現代書館)などは、ここに日本の右翼の源流を見ています。このスローガンのもと、明治維新で生まれた国家権力は、植民地にされることなく独立を維持し欧米と拮抗できるための「富国強兵」を、基本的な路線として選択していくことになります。また、1898年、明治政府は天皇を国民(臣民)の父として明確に位置づけ、日本全体を「家族国家」とする物語がつくられました。
 つまり、外的な脅威にさらされたことで、日本人の右翼的な思考回路が刺戟され、富国強兵や近代化のような競争主義的な価値観や日本人の血筋や神道、伝統文化を重んじる価値観が優勢になったのです。
 日本に限らず、右派はそれまでずっと続いてきたとされる世の中の仕組み(近代以前に起源がある王制貴族制、天皇制、身分制、宗教的位階制(教皇、座主、カリフなど))の威厳や壮麗を貴く感じて憧れると同時に、民族や血の繋がりで人々を束ねようとします。例えば、右翼的な社会主義であるファシズムでは、「ドイツ人であること」や「イタリア人であること」を団結のよりどころにしていました。また、ある地域に住む人の遺伝子には、その場所でうまく生き抜いていくための知恵が詰まっているのと同じように、その土地の伝統文化にもその土地でうまく生き残るためのノウハウが詰まっています。右派の愛国主義や排外主義は、このような伝統文化に刻み込まれた知恵が、他国から入ってくる異文化などによって薄まることを防ぐ防波堤のような役割を果たしてきました。
 これに対して、左派はこうした伝統文化が内包する世襲君主制や身分制が個人を抑圧する格差と差別そのものだとして批判します。団結の際にも民族や国などではなく、その人が置かれている状況を重視します。たとえば、社会主義は資本家や大地主に対する労働者や農民といった「階級」を団結のよりどころとしていました。マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』にも「労働者階級に祖国はない」「万国の労働者、団結せよ」という有名なスローガンがあります。つまり、資本主義の犠牲になっている労働者の置かれた立場は、どの国でも同じで「友愛」や「兄弟愛」で団結すべき同志共同体は、もはや国家ではなく、国境を超えて拡がる労働者のような「階級」でなければならないというわけです。左翼の集会やデモで歌われる定番ソングに『インターナショナル』というものがありますが、それは「起て、飢えたる者よ、いまぞ日は近し 覚めよ、わが同胞、暁は来ぬ」で始まり、「海をへだてつ我等かいな結びゆく」という一節を含んでいます。この理念を象徴するのが1904年、アムステルダムのインターナショナル(国際労働者連合)大会での出来事です。日露戦争のさなかに、日本代表の片山潜とロシア代表プレハーノフが握手して「国家は戦っていても労働者たちは一つだ」というパフォーマンスを行い満場の喝采を浴びたのです。

 次に、日本における各政党の支持者のナショナリズム傾向を見ていきましょう。ここで紹介する研究報告は、米田幸弘が行った多変量解析で、2017年に日本全国を対象として行った量的社会調査のデータ(18歳から79歳の男女が対象:回答数3882名)に基づいています(注46)。この調査で有権者の支持政党と愛国主義、民族的純化主義に関する設問への回答から、各政党支持者のナショナリズムの位置をプロットしたものが図4―4です。円の大きさは支持率の高さを表しています。

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 ちなみに、民族的純化主義とは、ある人を本当に日本人であるとみなすために重要だと考えるものとして、日本の国籍を持っている、日本の政治制度や法律を尊重している、自身を日本人だと思っている、人生の大部分を日本で暮らしている、日本語を話せる、といった判断基準よりも、祖先や出生を重視する考え方のことです。愛国主義については、「国旗・国歌を教育の場で教えるのは当然である」「日本人であることに誇りを感じる」「子どもたちにもっと愛国心や国民の責務を教えるように、戦後の教育を見直さなければならない」といった3項目に対する賛同の程度を定量化しています。
 図4―4では、愛国主義や民族的純化主義の傾向の強い右派政党(自民党、希望の党、日本維新の会)ほど右上に位置しており、それらに賛同しない左派政党(共産党、立憲民主党)ほど左下に位置していることがわかると思います。特に、共産党は愛国主義に反対するという姿勢で際立っています。支持する政党がない人たちの円が大きく左下にありますので、左派政党はこれらの人の支持を得ることができれば、右派が過半数を占める議会で拮抗できるようになるかもしれません。
 愛国主義や民族的純化主義の考え方を持つ人ほど自民党を支持するのは、自民党(とくに近年の安倍政権)が行ってきた愛国政策が影響していると考えられます。これまでにも、1999年に「国旗及び国歌に関する法律」が制定されるなど、愛国的な政策が自民党によって推進されてきましたが、2006年発足の第1次安倍政権は、「歴史と伝統を重んじる豊かな独立国の再構築」「美しい国づくり」「戦後レジームからの脱却」という民族・文化的純化主義を掲げています。また、教育勅語に代わるものとして占領下に制定された教育基本法を改正し、教育目標のなかに伝統、文化を育んできた「国と郷土を愛する」態度の涵養を盛り込みました。さらに、安全保障面でも防衛庁を省に昇格させたり、憲法改正の手続きとして必要な国民投票法を成立させています。
 2012年には、自民党が7年ぶりとなる新たな憲法改正草案を発表します。その内容は、天皇の元首化や国防軍の保持、日の丸や君が代の尊重を義務づけるなど愛国主義の目立つ草案でした。同年12月に再登板した第2次安倍内閣では、2013年12月に国家安全保障会議(日本版NSC)の設置、スパイ防止・テロ活動防止のための特定秘密保護法の制定、靖国神社への参拝を行いました。2014年7月には、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行い、第3次内閣では、2015年9月に集団的自衛権の行使、他国軍の後方支援、国連平和維持活動(PKO)等での武器使用基準の緩和などを盛り込んだ安保関連法を成立させるなど右寄りの政策を展開してきています。
 このため日本では、右傾化した自民党が極右層の受け皿にもなっているおかげで、極右ポピュリスト政党の台頭を防ぐ役割も果たしている可能性があります。たとえば、日本では2014年に結党された極右政党の「次世代の党」が「日本のこころを大切にする党」、「日本のこころ」と党名を変えた後、2018年11月に解散し、自民党に合流しています。この党が綱領や基本政策で掲げていたのは、占領軍により押し付けられた戦後憲法に対する「自主」憲法の制定、愛国心や「正しい」歴史認識、道徳を育む教育、集団的自衛権、より厳格な外国人政策、エネルギー源としての原発維持、地域分権などでした。また、主婦の軽視につながるという理由で男女共同参画施策に反対し、外国人参政権にも反対することを公約にしていました。極右政党らしい、より強権的な外交政策、伝統的な価値観の擁護、排外主義の発露です。この次世代の党の最高顧問を務めたのが石原慎太郎で、都知事だった頃の石原に対する有権者の支持態度にも排外主義が影響していたことが、樋口直人と松谷満の研究によって明らかにされています(注47)。
 安倍首相を「危険な歴史修正主義者」とみなし攻撃する動きも一部存在しましたが、実際には、戦後70年談話で「村山談話を継承する」と述べたり、日韓合意を締結するなど、予想に反する柔軟性も見せています。また、2016年5月には、人種差別・排他主義的な街宣活動や不当な行為を規制する「ヘイトスピーチに関する法案」を可決・成立させるとともに、2018年12月には出入国管理法を改正し、外国人労働者の受け入れを拡大する方向に舵を切りました。ほかにも、第3章で述べたように不平等を是正する姿勢(同一労働同一賃金など)も手広く見せるなど、時流と照らして必要とされる左寄りの政策も合わせて展開しています。
 このような自民党を支持する人はどのような人たちなのでしょうか。桑名祐樹が先ほどの2017年の量的社会調査のデータに基づき自民党投票の規定要因を分析しています(注48)。その結果、愛国主義、外国一般排外主義、日米安保強化、原発利用賛成、安倍晋三好感度が統計的に有意な効果を有しており、自民党への投票を促す要因となっていることがわかりました(ちなみに最も効果が強かったのは安倍晋三好感度でした)。外国一般排外主義が有意な効果があったことから、国家間対立に依存したチャイナ、韓国に対する排外主義にとどまらず、一般的に外国籍者全般を排除するような排外主義者の方が、自民党に投票しやすいということです。
 逆に、市民・政治型の純化主義(ある人を本当に日本人であるとみなすために重要だと考えるものとして、日本の政治制度や法律を尊重したり、自身を日本人だと思っていることを重視する考え方)、政治家不信、憲法に関するナショナル・プライド(日本の憲法を誇りに思う)が負の効果があり、このような考えを持った人ほど自民党に投票しないことがわかっています。先ほどの図4―4の議論と合わせると、右派は日本人であるための条件として祖先や血統などの民族性を重視するのに対して、左派は、それらよりも個人の考え方を重視するということになります。

 右派は外国籍者への社会的権利の付与に対しても否定的です。永吉希久子准教授が先ほどの2017年の量的社会調査のデータに基づき「外国籍者への社会的権利の付与に対する支持の規定要因」を分析したところ(注49)、脅威認知、生活保護忌避、愛国主義、単一民族神話型純化主義、外国籍人口割合に負の効果があり、特に脅威認知が最も強い負の効果を持っていることがわかりました。ちなみに、脅威認知とは「異文化の影響で日本文化が損なわれる」「日本社会の治安・秩序が乱れる」「日本人の働き口が奪われる」「生活保護などの社会保障費用が増える」「犯罪発生率が高くなる」といった考え方を持っていることを意味しています。第2章で述べたように、右派はこういった脅威に敏感で、世界を敵意と危険に満ちた世界だと見なしやすいために、外国籍者への社会的権利の付与に否定的になると推測できます。
 第2章の表2―1で紹介した「政策争点態度と左右の自己位置の相関」でも、外国人参政権の相関はマイナス0.27と比較的大きく、右派ほどこれを支持しない傾向にありました。右派は、民族的純化主義に基づき、祖先や血統が異なるよそものが、社会的便益に便乗することを防ごうとするのです。


46. 田辺俊介編『日本人は右傾化したのか : データ分析で実像を読み解く』勁草書房、2019年、第6章
47. 樋口 直人・松谷 満, 2013, 「右翼から極右へ? : 日本版極右としての石原慎太郎の支持基盤をめぐって」『理論と動態』(6), 56-72.
48. 田辺俊介編『日本人は右傾化したのか : データ分析で実像を読み解く』勁草書房、2019年、第7章
49. 前掲書、第5章

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