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静寂に包まれた神秘

 川に密集しているアシの葉陰にチラリと見たハグロトンボが1頭だけであるはずがない。もっとたくさん羽化しているはずだ。そう思って散歩に出かけた。

 きのう、このneteの記事に使ったっ写真の掲示がある河畔林では注意深く探したが、いない。去年、たくさんのトンボと出逢ったもうひとつの河畔林へ向かった。

 川の中洲のアシを双眼鏡で注意深く観察した。しかし、黒いトンボは見えない。未練がましく、川をのぞき込んだ。カルガモの姿はもとより、ほかの鳥たちもまったく気配さえない。

 二手に別れた数羽のカラスが威嚇しあっていた。カラスたちの縄張りになっているのだろうか。そのあたりが、去年、たくさんのハグロトンボを見かけた場所でもある。

 同じ漆黒の姿ながらカラスたちは倨傲であるが、ハグロトンボには神秘と気高さがある。飛び方も、「神の使い」との伝承が納得できるほど優雅で、神々しい。

 近くの川筋で暴れまわっているカラスたちに舌打ちをしている。それが自然のオキテであり、生き残るための手段だとはわかっている。ここではないが、集団で1羽のカラスを執拗にリンチをしている話を聞いたばかりだった。

 カラスの獰猛さをわかったうえで、カラスを嫌いになれない。「八咫烏(やたがらす)」は神の使いだと強弁したくなるほどだ。だが、いつも目にするハシブトガラスやハシボソガラスにはその威厳や格調がない。

 カラスたちの争う声を背に、河畔林に隣接する草地に踏み込んだ。ここにもハグロトンボの姿がない。すっかり、あきらめて神社の前の林を通り抜けながら、目を凝らした。いた! しかも、たくさん!

 草の葉から葉へとゆらゆら飛んでいる。薄暗い木陰でオスは金緑色に輝き、メスは黒褐色である。どちらも優美だ。カラスたちにはない品格がトンボたちにはある。ここには、もう、カラスたちの騒ぎの声も聞こえてこない。とても静かだ。

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