見出し画像

ずっと放射能を恐れてきた

 70年も昔なので記憶はあいまいだが、あのころは、「ガイガー検知器」といったような記憶がある。ガイガーカウンターのことだ。9歳だったぼくは、放射能汚染された魚が怖くて、ガイガーカウンターがほしいと痛切に思った。「第五福竜丸事件」が起こり、「原爆マグロ」で、世の中が騒然としていたときである。

 17日のNHKテレビ『クローズアップ現代』を見ながら、70年前の記憶を新たにしていた。放送では、第5福竜丸以外の数多くの漁船が放射能汚染され、乗組員が明らかに放射能汚染によると思われる病いで死んでいるが、いっさい、放置されたままだという内容だった。

 水爆実験の爆心地のビキニ環礁から160キロ離れ、安全とされた海域で操業していた第5福竜丸が“死の灰”と呼ばれた放射性降下物を浴びて乗員全員と船体、さらには捕獲した魚が被曝した。だが、ほかの船も同じだった。

 第5福竜丸はその事実を打電することなく、自力で母港の焼津へ戻った。太平洋戦争が終わってまだ9年目である。米軍による撃沈を恐れるのは当然だったろう。そんな時代だった。乗員のうち、無線長の久保山愛吉さんが亡くなった。死因は被曝によるものではないという。

 このとき、被爆したのは1,500隻近い船だったらしい。しかし、乗員へのケアはまったくなされていない。乗員たちも、当時の時代を反映して、多くが口を閉ざしてきた。実験場となったマーシャル諸島の被害はさらに深刻である。敗戦国であるがゆえにたどった第5福竜丸事件に代表される被曝の実態、そして、弱小国であるため、いまも泣き寝入りを強いられているマーシャル諸島。

 軍拡を進める大国によって、地球はさんざん放射能汚染されてきた。もはや、ガイガーカウンターを持っていてもなんの役にもたたない。アメリカだけでマーシャル群島でおこなった核実験は67回に及ぶという。とても正気とは思えない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?