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【魚舞い上がる川】第2話

川ものがたり 

<舞台>神崎川_高浜橋にて


第2話です。
前回のお話はこちら・・・


改札口を通り抜ける。
彼の方を見つめながら。

(笑わなきゃ。)
そう心の中で思えば思うほど、顔が引きつるのがわかる。

そんなわたしの心情を察してか、彼の方から声をかけてくれる。

『今日は誘ってくれてありがとう。』
『てか、時間よりめっちゃ早く着いちゃった。』

彼の表情もわたしにつられたからか、少し強ばっている。

(ええい、こうなったらやけくそよ。)

「君に早く会いたくて、わたしも早く着いちゃった。」

『あはっ。そうなんや。』

(おいおい、せっかく勇気出して言ったのに、その返しはないやろ。)

『俺たち、何か気が合うね。心が繋がっているって言うか。』

「えっ」

顔が赤らむのがわかる。
恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。
そんなわたしの雰囲気を察したのかどうか、
彼はさらに、わたしを恥ずかしさのどん底へ落としきった。

『髪の毛、切ったんやね。髪色もめっちゃ良いし、似合っているよ。』
『・・・すげえ可愛い・・・』

「えっ」

(まじ?今、可愛いって言った?小さい声やったけど。)

どう返して良いかわからず、結局、
「ありがとう。」
と、一言。

自分の声がどこか遠くから聞こえてくるような感覚、
か細い声しか出せなかったのが残念だった。

『何か食べに行こうか。ちょうどお昼時やし。』

そうだ、彼も12時過ぎにここにいるってことは
お昼ご飯は食べていないに違いない。

わたしも朝一から美容室に行ったりで、ほとんど何も口にしていない。

けど、けど。
(こんな状況で二人で食事なんか出来る訳ないやん。)
ぶるんぶるんと大きく首を横に振る。

『えっ。あまりお腹すいてないのかな。』
『ほな、ぼちぼち歩こうか。』

(めっちゃ気を遣わした・・・)
自己嫌悪に陥る。
自分から誘ったのに、何だこの態度は。
これじゃ、嫌われても仕方ない。
もう帰りたくなってきた。

それでも、横目でチラチラッと右側を歩いている
彼の顔を盗み見る。

何だか笑顔だ。
(なんで?わたしの態度、嫌じゃないの?)
(あっ、目が合ってしまった。)

彼はわたしの顔をのぞき込み、
『今日の響さんからの会いたいってメッセージ、
 俺めちゃくちゃ嬉しかったわ。』
『けど、何か今日の響さん、この前と違うような・・・』

最後の方はほぼ聞き取れなかった。
(やっぱ、気を遣わせてる。)

「ごめん。就活の準備やらなんやらで、ちょっと気が張ってて。」
(嘘だ。)

『そうなんや。俺、まだ就活先やから、しんどさとかわからんけど。』
『俺で良ければ、いつでも相談に乗るし、話はしてほしいな』

(何だかね。在り来たりな返答やん。)

彼の煮え切らない態度や当たり障りのない優しさに、
今度は逆にどんどんと腹が立ってくる。

(わたしがワガママなんやろうけど)

わかっている、わかっているけど
もっと引っ張ってほしい。
初めて言葉を交わした日のわたしみたいに
今度は彼がわたしを引っ張ってほしい。

『響さん』
「なに?」

横を向いたわたしのほっぺたに冷たい何かが触れた。
『はい、お茶!』
『喉、渇いたでしょ。』

(女子のほっぺたにペットボトル、押しつけんなよ)
でも、嬉しかった。

『やっと、笑ってくれた。』
『今日、ずっと寂しそうだったから。』
『ようやく、響さんの笑顔が見れたわ。』

彼の笑顔がまぶしかった。
彼の方こそ、ずっと泣きそうな顔だったのに。

「ありがとう。ごめんね。気を遣わせちゃって。」

今度は彼がブルンブルンと首を振る番だった。
その姿を見て、わたしは声を出して笑った。

彼も笑ってくれた。
彼とわたし、二人一緒に笑えることが、
こんなに幸せな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。

『もうすぐ、見えてくるよ。』
『神崎川が。』
『高浜橋を渡ったら、俺の住んでいる街やで。』

上り坂の頂上付近に、橋が見える。
その時、わたしの記憶の中で一筋の光が走った。
唐突に幼かった頃の風景を思い出した。

幼稚園の頃までは、この辺に住んでいた。
父親が働いていた工場がこの辺りにあったはず。
で、自分が住んでいた場所は、この橋を渡ってすぐのところ。
懐かしさに目を細める。

『あー。わたし、昔この辺に住んでいたことがある。』

「えっ。」

『うん。幼稚園の時くらいまでかな。』
『お父さんの会社の社宅に住んでたんだ。』

「ほんと、偶然やね。」
「なら、もしかして俺達ずっと昔にもこの辺りで会っていたかも。」

(そうだったら、めっちゃ嬉しい)

あの日、あの場所で感じた運命的なものも、ずっと昔から続いていたものかもしれないから。
そうだったら、やっぱり嬉しいな。

そして、神崎川に架かる高浜橋を渡り切る。
この橋を渡れば、彼が育った街。
そして、わたしも同じ時期に生活をしていた街。

その時だった。
上流の方から、急に冷たい風が吹いてきたかと思うと、
橋にぶつかった風が、一気に上へと昇っていくのが、見えた気がした。

次の瞬間、風が何かとぶつかって共鳴し合っているような、
唸り声が聞こえて来た。


・・・・最終話へと続く・・・・

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