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「結」 ー Phase 10 ー Uzumakism

どうも最近、私は様子が変だ。
時々記憶が飛んでいる。この間なんて酒場の馬屋で知らない内に眠りこけていた、酒を飲んだ訳でもないのに。
目が覚めたら藁の中で猫みたいに丸くなっていたのだ。
手をぺろぺろと舐めて、顔を擦りありもしないヒゲを整える。無意識に猫の様な仕草をしているではないか。私は一体何をしているのだろう…。
そうして、起き上がり藁の山の向こうにいる馬に目をやった。
暴れ馬は今日も大人しい。例の誰も見たことのない“魔法の猫”でもいるのだろうか?
人間らしい背伸びをしてから、衣服に付いた藁を払って馬屋から出た。
その時、私の目の前を一匹の白い猫が素早く走り去って行く。
通りの人々の間を縫う様に走って行くが、誰一人として気にも止めない。
まるで、誰にも見えていないみたいだ。
「あれがもしかして“魔法の猫”か!」
私は人混みを掻き分けて、夢中で猫を追いかけ始めた。

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少し早めのクリスマス・プレゼントを渡して来た後、私は「MUSUBINA KITCHEN」から家までの道のりの最後の難所である、急坂へ辿り着く。
急坂の始まりには大きな木がある。いつの頃からか、記憶にないが“むしょく”になってから、この“御神木”に挨拶する習慣が私のルーチンと化していた。
木の根本には祠があるのだが、ここを通る時の挨拶の儀式は、日に日に複雑化して最近では神社にお参りする時と同じ方法で“参拝”するようになった。
この御神木から時々、“木の皮“をプレゼントされる。
私が勝手にプレゼントと思っているだけの可能性も捨てきれないが、手渡されるので受け取る決まりにしている。


詳しい人に話せば罰当たりかもしれない行為をこの木に私は働いている。
そう、道端で出会った動物の亡骸をここへ持ってきて弔いをするのだ。
今の所、良い事はあっても悪い事は起きないので、多分問題ないのだろう。或いは物凄く心の広い御神木で私が改心するのを辛抱強く待って居てくれているのかも知れない。
私が早々に死んだら、その行為が原因となってバチが当たったと言う事に違いないし、ヒヨドリとメジロ、蟹とネズミが天国へ行ける様にとの私の願いは叶わない事になる。


私は、自分が遊び場にしている三宮と御神木と家の間を歩きながら空き缶を拾う習慣がある。これが私の人生に於ける唯一の善行だ。
今まで人生で犯して来た罪を何とか償おうと、ちっさなちっさな徳を積んで、毎日無駄に足掻いている。ちっさな徳を積みながら、働きもしないのに不道徳は働きつつ、人に道徳を説いて回る、滑稽な喜劇の主人公みたいな人生を歩んでいる。悲劇よりは良いだろう。
働き過ぎて死んだら悲劇だけど、働かなさ過ぎて死んだらそれはもう喜劇だ。
みんながそんな私を見て笑ってくれて元気になればそれでヨシだ。

急坂を登り終え家に辿り着いた私は、絵の色塗り作業の続きに取り掛かった。
殆ど、ゴールは見えている。残りの作業は二日もすれば終わりそうだ。ちまちまと塗る間に自分の心の中にある負の感情が何処かへ飛んで行っている気がする。

自分の好きな事をしている時は人は幸せだ。嫌いな事も好きになれればもっと幸せかもしれないが、私の脳みその仕組みでは、そう簡単には行かないようで、そんなこんなだから私は“むしょく”をしている。

“むしょく”だけど色を塗るのは楽しい。自分の事も色鉛筆で手軽に塗れないだろうか?


殆ど色が塗り終わる辺りで良いアイデアが思いついた。
「そうだ、この絵の木はお店に行ってから塗ろう。きっと面白いはずだ」

「結」の文字と「真ん中」「木」だけを白に残して、家で出来る作業をやり終えたのはクリスマス・イヴ。何とか予定通りサンタクロースになれそうだ。
自分なりに満足の行く出来栄えになったので、ベランダに出て作品を写真に収めた。

さて、「何で色塗ってない所があるの?」って聞かれても困るので一筆手紙を書いて添える事にする。私は然程漢字を書くのは得意ではないので、キーボードを打ちながら文章を仕上げて行く。

ああでもない、こうでもないと単語と文章を切って貼ってして手紙の下書きをiPadの中で完成させた。
プリントアウトはアナログ方式だ。
プリンターヘッドの代わりに自分のヘッドハンドを稼働させる。

画面に映し出されている文章をなるべく綺麗な字で便箋に書き写した。
我ながら良い出来だ。筆順はグダグダだが、レタリングの知識が活かされて上手く書けたと自画自賛の手紙だ。

明日の昼には届けたいので早々に寝る。
夢を見たかは記憶にないが、もしかしたらこの現実が夢なのだとしたら、まだ私は夢の中にいる。

翌日、私は完成した絵と手紙を携えて「MUSUBINA  KITCHEN」を訪れた。

「おはようさん」と挨拶をするとさゆりさん、きょうこさんが姉妹で「おはよう」を返してくれる。

私の他にもお客さんが居たので、私はカウンター奥の席へ向かい座った。


いつも通り「コーヒーとキッシュお願い」と注文をする。

暫くすると注文の品がテーブルに並んだ。一つはキッシュ、一つは絵の具だ。

私は「絵出来たから持って来たんやー。クリスマス・プレゼントや」と言いながら、ゴソゴソと袋から絵を取り出した。


仕事中に邪魔する厄介な客を相手にしながら、まともな客も相手にしなくてはならないので大変だ。

「えー!すごい綺麗!」と二人が褒めてくれる。
でも忙しいので、すぐにその場を離れる。
「後でちゃんと見るからね」と気遣いの言葉を忘れない辺りがこのお店の人達の優しさだ。


二人が仕事をしている間に私は最後の作業に取り掛かった。

目の前にあるコーヒーに小指を突っ込んで、持って来ていた真新しい筆に茶色い雫を垂らす。
塗り残していた「木」の部分を塗るのだ。


「結」の字の“吉”を貫く様に伸びた、細い細い木に私は色を塗って行く。
まだ、始まったばかりのこのお店の歴史の様に頼りなくて、折れてしまいそうな木だ。
だけど、この木は“ラッキー”の口の中を上手く潜り抜けている。
やがて、大きく育って立派になって、沢山のお客さんの口を満足させる木になって欲しい。


いつか聞いたお店のコンセプトの様に「ここで出会った人々が結ばれて行くように」願いを込めて、木の色を塗る。お店のコーヒーで染めた木の幹は、薄い色鉛筆と同じような色合いで仕上がった。


他のお客さんが帰った後、姉妹で私の絵をじっくりと見て褒めてくれた。
「こんなにちゃんとしたの描いて貰えるとは思ってなかったわ」と嬉しい言葉を頂戴出来て私も試行錯誤して完成させた甲斐があった。
「額縁に入れなきゃ」とまで言って貰えた。

私は「ラブレターも付けといたから後で読んで」と手紙を渡して、キッシュとコーヒーに舌鼓を打つ。

手紙を読んで二人が「なるほど」と感心してくれた。

仕事もしていない私は暇な物だから、暫くお店で談笑する。

すると、そこへ騒がしい声と共に例の“暴れ馬ポニー”が母親と店へ入って来た。
私を見つけるや否や、隣へすっ飛んで来て絡み出す。


いつもの調子でさゆりさんと母親から叱られるが、気にする様子もない。
多分、学校でストレスが溜まっているのだ。仕方ない。

「絵持って来てくれたんよ」とさゆりさんが言って、親娘に見せる。
当然、“小さな画伯”は絵の中に突進する勢いで、私の作品に向かって行った。
イラストボードを打ち破りかねないので、さゆりさんが制止する。

「ほら、手紙も書いてくれたんよ」とさゆりさんが、“小さな画伯”の母親へ手紙を渡した。
手紙を読み終えた彼女は、私の文章と字を褒め称えてくれると「これは娘に読み聞かせないとダメなやつだ」と空気を読んだのか、落ち着きなく椅子の上でくるくる回る、自分の娘へ向けて私の手紙を読み始めた…。

次のEPILOGUEで「結」の物語は終わり。
“むしょく”の戯言みたいな話にここまで付き合ってくれてありがとう。
もう猫はどこにも居ないかも知れない。
何せ誰も見た事もない“魔法の猫”だからだ。
だけど、声だけは聞こえる。その声が聞こえたみんなには…

「エエことがある。エエことが起きるんや」

EPILOGUE へ続く ▶︎▶︎▶︎


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絵の制作工程はこちら 
▶︎▶︎▶︎ Work ❶


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「MUSUBINA KITCHEN」
〒653-0811 兵庫県神戸市長田区大塚町4丁目1−11

hidenori.yamauchi
私の伯父「山内秀德」の遺作を投稿しています。是非ご覧ください。

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