『酒が薬で、薬が酒で/キャンパー・イングリッシュ』 読了
めくるめく酒の薬効、そして毒の世界。
副題にあるように、酒の世界を医学を中心とした歴史的観点から俯瞰してみよう、という方向でまとめられた本。お酒が好きで、その歴史や背景などを知ることもまた好きなので、こういった本は大好物。
蒸留酒も醸造酒もどちらも満遍なく取り扱っていて、それぞれの酒について細かく突き詰めていくというよりは、いろいろな著作などを取りまとめながら全体をざっと見渡して紹介してくような内容になっている。なので、各種の酒について個別に専門的な本を読んできた人なら、既に知っていることも多い。自分がまさにそうで、主に蒸留酒関連はこれまでもかなり読んできているので、歴史的な観点でいえばあまり目新しい情報は無かった。
でも、カバーしている範囲が広いので新しい知識も増えた。特にアマーロなどの苦味酒、薬草酒関連の情報が充実していて、それぞれの成分の薬効などがどのように捉えられてきたかとか、現在よく知られているあれこれの銘柄が、どのように生まれて発展してきたのか、そういった情報がたくさんあってとても興味深い。
薬草系ではよく登場してくるワームウッド(ニガヨモギ)やゲンチアナ、コーラ、そしてコカ(コカイン)やキニーネまで幅広くその薬効と毒性を紹介しているところが秀逸。特にキニーネとマラリアへの抵抗の歴史については1章まるまる割かれていて、人類にとってこの病気の克服がどれだけ大変で重要だったかがよく分かる。
一方で、さまざまな毒性についても扱っている。キニーネやコカなんかは思ったよりも少量で毒になりうるし、アルコールそのものがそもそも摂り過ぎたら毒だし、20世紀初頭までの、粗悪な酒をごまかすための酷い添加物のオンパレードなんかは、そもそも人間が飲むものじゃないだろうというレベルで恐ろしい。
というか、たった100年前まで世間で普通に流通している商品がそんな怪しいものばっかりだったなんて。(このあたりは、お酒ではなくミルクの話だけど、たべものラジオの『白い毒薬 〜健康を謳った牛乳の悪用〜毒薬』の回でも似たようなことが詳しく説明されている)
ほんと、現代に生きていて良かったなあ。
と思う一方で、現在だって、どれだけ危ないかわかったものじゃない、のかも。
まあ、明らかな異物混入とかは、ほとんどなくなってきているはずだし、消費者を守るための法律とか教育とか、そういうのがしっかりとできているからそれなりに安心して食べたり飲んだりできている世界になっているんだなあ、とあらためて感じる。
そうして築いてきた食の安全性だけれど、一方で工業製品的になりすぎていることを懸念して手作りの良さに立ち返ろうというムーブメントもずっとあるのは、それは当然のことではあるのだけど、その手作りに潜む罠というか危険性もあるわけで。先日、手作りの漬物をある程度制限するような法律が話題になったりして、たしかに残念ではあるのだけど、実際に下手な漬物なんかで食中毒になったりすることもあったりで、このあたりは線引がむずかしい。
本の中で語られていたのは、カクテルも往年のスタイルを復刻させようと薬草酒を手作りしたりする中で、毒の成分が抽出されすぎて危険になっていたり、といった弊害があるらしい。これまでの歴史的な文脈を知らないと、往々にしてこういうことって起きがちな気がする。どうして今の世界ができあがったのか、そこにはある程度の必然があるということ。
でも、やっぱり昔のもののほうが、風味があった、味が良かった、とかは多いのだよなあ、と。良い悪いの判断は定量的に測れないので難しいところなのだけど、確実に違う「別物」なのは確かなので、それを知りたい、味わいたい、という欲求があるのは仕方のないことかも。
現在ではアルコールは身体にあまり良くないものとしての認識が広まっているし、各種薬草類も、それがあまり必要ないような文脈の世界になってきているように思える。砂糖を多く入れた薬草酒を、健康のためにといって飲み続ける必要性は、あまりないように思える。それは、栄養が不足しない、病気への特効薬や治療法が確率されてきたという、ありがたいことの反動なのだけれど。
でも一方で、それらの治療法が確立されるまでの途中で、酒の研究が大きく寄与しているという歴史的事実も説明されていたりして、世界って本当に不思議なところでつながっているんだな、と驚く。人間のしてきたことって、意外なところでまったく別分野の技術が役に立ったりして、歴史って面白い。
ノンフィクションな歴史ドラマとかが好きな人、そしてお酒が好きな人なら、きっとこの本はフィットすると思う。この本に出てくるお酒やカクテルを飲みながら、その歴史に思いを馳せてみるのも良いかもしれない。