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【第101回】 電子交換日記(1)



復刻版1「センチMENTALミーティングⅠ!」

~心優しき者たちによる一致団結の会議録~より



北川美香

私は北川美⾹。「双極性障害」という「こころの病」を患っていて、職業はラジオパーソナリティをしている。今⽇は、先⽇、私の番組に出ていただいた、作家の「林⾳⽣先⽣」ご主催の集まり、「センチMENTALクラブ」のミーティングに、お邪魔することになっている。私が、友達を欲しがっているので、林先⽣が、お誘いくださったのである。

今、私は、ミーティングの会場として使う、先⽣の⾏きつけのカフェ「エスペランサ(Esperanza)」に向かっている。このカフェのことは、番組に出ていただいたときに、教えていただいた。なんでも、もともとは、マスターが、「障がい者のためのサロン」的な存在として、お開きになった場所なのだそうだ。

「センチMENTALクラブ」もそれに似たような趣旨(しゅし)で、林先⽣が、お開きになった集まりだと聞く。「こころの病」を患う⼈同⼠が集まって、近況を語り合ったり、レクリエーションをしたりするらしい。
そして、今⽇は、その集まりの、定期ミーティングの⽇だ。ミーティングの開催頻度(ひんど)としては、⽉2回くらいだそうだ。メンバーさんのほとんどが、何らかのお仕事に就(つ)いておられるので、全員がおそろいになれるのは、これくらいが限界だという。

「いったい、どんな集まりなんだろう。⼩⼼者の私が混じったら、みなさんにご迷惑をかけてしまわないかしら。」

そんなことを考えていたら、いつの間にか、最寄り駅に着いていた。カフェはここから歩いてそんなに遠くはない。

「よし、林先⽣に教えていただいたように、なんとか勇気を振り絞って《当たって砕けろ!》の精神でいくか。」

約束の時間に⼗分、間に合うよう、早めに来たつもりだったが、私が⼀番最後だった。どうやら、みなさん、遅くとも、1時間前には到着されて、おしゃべりを楽しんでおられたみたいだ。いきなり遅れを取ってしまった私は、⾃分を恥じた。

「そうよね。⽉にたった2回の集まりなら、それが普通よね。不覚だったわ。」

ともかく私は、みなさんに向かって軽く会釈(えしゃく)して、確保していただいていた、テーブル席に座る。実は、マスターは、こういう集まりが気軽にできるようにと、今、私たちが座っているような「⼤テーブル席」も、設けてくださっているとのことだ。

私が着席して、⼀呼吸するかしないうちに、林先⽣が、パンパン、と⼿をお叩きになる。すると、みなさんは、おしゃべりを⽌めて、林先⽣の⽅を注視される。

「はい、みなさん、おそろいのようですね。それでは、今⽇のミーティングを始めます。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」

こうして、「センチMENTALクラブ」のミーティング、「センチMENTALミーティング」が始まった。私の緊張が⾼まる。みなさんは、真剣な顔つきはされているものの、さすがに緊張しておられる様⼦は微塵(みじん)もない。

「今⽇は、私を含めて5⼈ですね。藤井さんは《ご⽋席》とのご連絡を、いただいております。そして、今⽇は、新しいメンバーさんを、お迎えしております。ラジオパーソナリティをしておられます、北川美⾹さんです。」
「北川です。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」

男⼥構成は、男性が、林先⽣を含めて3名、⼥性は、私を含めて2名のようだ。藤井さんという⽅は⼥性かしら?

「では、今⽇は、新しいメンバーさんがおられることですし、 ウォーミングアップは、自己紹介にしましょうか。ちなみに、今⽇、ご⽋席されている藤井百海(ももみ)さんは、居酒屋店員をされている20代の⼥性です。北川さんには、また改めてご紹介しますね。」
「はい、ありがとうございます。」

そうか。藤井さんは⼥性なのね。しかも私と年齢も近そう。

「では、順番は、北川さんから、時計回りでいきましょう。簡単なご紹介で結構ですので、北川さん、お願いします。」

「わかりました。北川美⾹です、初めまして。年齢は24歳です。先⽣からご紹介がありましたように、ラジオパーソナリティをしています。患っている病気は、双極性障害です。実は、先⽣には先⽇、私の番組に、ご出演いただきまして。そのご縁で、ここをご紹介いただきました。よろしくお願いします。」

パチパチパチ。

森瑞香


「ありがとうございます。続いて、森さん。」
「はい。森瑞⾹(みずか)、23歳です。半年前に結婚したばかりの、新婚ほやほやの主婦です。患っている病気は、林先⽣や北川さんと同じく、双極性障害です。よろしくお願いします。」

パチパチパチ。

ん? この集まり、双極性障害の⼈ばかりなのかしら? もっと他の病気の⼈が、おられてもいいはずなのに。林先⽣が、双極性障害だから、共感してお集まりになる⼈も、双極性障害の⼈ばかりなのかしら?

桝井裕仁


「ありがとうございます。続いて、桝井君、お願いします。」
「はい。桝井裕仁(ひろひと)、40歳です。バッグの転売サイトを運営している会社で働いています。患っている病気は、うつ病です。よろしくお願いします。」

パチパチパチ。

お、ほかの病気の⼈もおられるわね。さすがに、全員、双極性障害ということはないか。

それにしても、この⼈、私と歳はちょっと離れているけど、なかなかのイケメンね。ちゃんとした仕事にも、就いておられるみたいだし、合格点ね。

牧口和寿


「ありがとうございます。続いて、牧⼝さん、お願いします。」
「はい。牧⼝和寿(かずとし)、53歳です。セミナー講師をやっております。患っている病気は、⾃閉症です。よろしくお願いします。」

パチパチパチ。

え? この⼈、50過ぎておられるの? 全くそうはお⾒えにならないわぁ。

林音生


「ありがとうございます。それでは、⼀番最後は、僕、林⾳⽣です。年齢は43歳、作家をやっております。患っている病気は、双極性障害です。よろしくお願いします。」

パチパチパチ。

こうして、みんなの⾃⼰紹介は終わった。おんなじ境遇の者同⼠の⾃⼰紹介って、なんかいいわね。続いて、林先⽣が話をお進めになる。

「さて、それでは、今⽇の議題の⽅に移ります。今⽇の議題ですが、2つ提案があります。ひとつは、来⽉のレクリエーションのこと、それからもう⼀つは、ひとつみんなで《電⼦交換⽇記》というものを、やってみないかと思いましてね。」
「電⼦交換⽇記?!」

交換⽇記はわかるけど、「電⼦」ってどういうことだろう。その疑問を代弁するかのように、桝井さんが尋ねられる。

「それは、電⼦メールか何かを利⽤して、みんなでやり取りをするということですか? 例えばメーリングリストを利⽤して。」
「いえ。」
と林先⽣。
「《クイック・ダイアリー(Quick Diary)》という、スマートフォンアプリを使います。最近出た、交換⽇記に特化したアプリです。」

へぇ、そんなアプリがあるんだ。知らなかった。でも、私や森さん、藤井さんは、20代だから、そのアプリは多分すんなり使えるだろうし、桝井さんは、明らかにキカイにお強そうだから、問題おありでないだろうけど、牧⼝さんは⼤丈夫なんだろうか? ⼀応、スマホは持っておられるみたいだけど。すると、林先⽣は、

「これから⼀⼈ずつ詳しく、アプリについてご説明します。桝井君も⼿伝ってください。あと、藤井さんには、明後⽇、お会いする⽤事がありますので、僕からお教えしておきます。」

林先⽣は、桝井さんと分担して、みんなにアプリの⼊⼿方法と使い⽅をご説明なさった。私と森さんは、なんとか飲み込むことはできた感じだが、やはり、最後まで苦戦なさったのが牧⼝さんだ。お若くお⾒えになるが、やはりご年齢相応、キカイはお得意ではないようだ。牧⼝さんは、

「すみません。やっぱり私にはちんぷんかんぷんです。どうぞ、みなさんだけで交換⽇記をなさってください。」
「いえいえ、そういうわけにはいきません。……そうだ、こうしましょう。」

林先⽣は何か思いつきになったようだ。

「牧⼝さん以外の僕らは基本、アプリを使いますが、⽇記を投稿する際には、⽇記のコピーをテキストメールで、必ず牧⼝さんに送ってください。こうすれば、牧⼝さんは、常に僕たちの投稿をメールでお読みになることができます。」

なるほど。私たちはひと⼿間かかるが、それなら確実に、牧⼝さんも閲覧(えつらん)がおできになる。
待てよ。牧⼝さんがお書きになる分は、どうするのだろう? どうやって 、みんなが⾒れるようにするのだろう? そう思ったので、私はそのままそれを投げかけてみた。すると……。

「それは、私がお引き受けします!」

と突如、挟(はさ)んでこられたのは森さん。

「私、主婦をしていますので、みなさんの中では、⽐較的、時間の余裕がある⽅だと思います。ですので、牧⼝さんからは、メールで⽇記を送っていただいて、それを私が、私の分と⼀緒に投稿します。」

みんなは目を⾒合わせた。確かにありがたいご提⾔だが、主婦とはいえ、お忙しいのは、私たちと同じだろう。森さんだけに、ご負担をおかけするわけにはいかない。そう思った私は、

「森さんだって、お忙しいはずです! みんなで交代制にしませんか?」
「いえ、私にさせてください。もし交代制にしたら、メールを送信する牧⼝さんの⽅に、⼿間がかかってしまうわ。毎回、誰に送信したらいいか、わからなくなってしまわれる。」

と、森さん。たしかに。それは気づかなかった。うかつだったわ。
と。なにやらカタカタ⾳が聞こえる。桝井さんの⽅からだ。⾒てみると、スマホとパソコンで何か作業をしておられるようだ。すると……。

「よし、できた! みなさん、⼤丈夫ですよ。今、あるプログラムを作りましてね。これを牧⼝さんの携帯のメールアプリに組み込ませていただけば、問題は解決です。アドレス帳に《センチMENTALクラブ》という名前のページを作りますので、牧⼝さんは、⽇記のメールを、そこ宛てにお送りください。そうすれば、メールを⾃動的に、アプリに投稿できる仕組みにしてあります。」
「え?! いつの間に! すご!」

みなさん仰天なさった様⼦だ。私もすっかり感⼼してしまった。
そうだ! 桝井さん、ひょっとして、私たち全員の投稿を、⾃動的に牧⼝さんの携帯メールアプリに、転送できるようにおできにならないかしら。桝井さんにお訊きしてみると、

「やろうと思えばできるが、プログラムを組むのに、かなりの⽇数がかかる。とりあえずは、林先⽣が⾔ってくださったやり⽅で続けて、俺のプログラムが完成次第、そちらに移⾏しよう。」

そうかぁ。でも、いずれは、牧⼝さんも、私たちと全く同じく、リアルタイムで参加がおできになるのね。よかった。

ていうか、なに?! なんで初対⾯の私に、タメ⼝なわけ?! いくら年上だからって、なめられたものだわね。でも、イケてるから許す……。
すると、牧⼝さんが⼝をお開きになる。

「どういう状況か、いまいち、よく把握(はあく)できておりませんが、私もお仲間に加えていただけるということなんでしょうか?」

そうよね。牧⼝さんに、この⼀連の会話について来いというのは、酷(こく)というものよね。私は、

「そうですよ。みんな、牧⼝さんとも⼀緒に、交換⽇記をやりたくて、必死なんです!」
「そうなんですね。ありがとうございます!」

みんな、満⾯の笑顔になった。よかった、よかった。牧⼝さんには、改めて桝井さんが、⼀から説明してくれるらしい。ともかくもこれで、林先⽣ご提案の「電⼦交換⽇記」というものが実現しそうだ。
すると突然、林先⽣がお慌てになった様⼦で、

「いやあ、交換⽇記の件で思ったより時間を⾷いましたねぇ。僕の目算は⽢かったですね。もうひとつの議題として考えていました、来⽉のレクリエーションの件はどうしますか?」
「あの……。」
「どうされました、森さん?」
「レクリエーションの件、そのアプリを使って、決めることはできませんか?」

!!!!
そうか、意⾒やアイデアを、⽇記として投稿すれば、みんなとやりとりができるわね。

「なるほど。それもそうですね。では、投稿のテストも兼ねて、そうしましょうか。牧⼝さんの分が、うまくいくかどうかも気になりますしね。」

気が付いたらもうこんな時間。ミーティングの予定時間、目いっぱいをもう使ってしまった。林先⽣は、お開きのあいさつをされ、私たちは解散した。解散後、林先⽣が私に問われる。

「どうでしたか、初めてのうちのミーティングは?」
「そうですね、みんな真剣ですね! 牧⼝さんのために、あんなに必死になられるみなさんのお姿が、最⾼でした。みなさん、仲間想いなんですね!」
「そうですね。《こころの病》を抱えた者同⼠、強い絆(きずな)で結ばれているんです。北川さんも早く、みなさんとなじめるといいですね。」
「はい。」

私は、今⽇1回だけでも、みなさんに、かなり溶け込めた気が⾃分ではしている。⼩⼼者の私は、初めての場では、普段ならあんなに熱くはならない。なぜか、みなさんとは初めてお会いしたような気がしなかったのだ。私はミーティングの余韻(よいん)に浸(ひた)りながら、帰りの電⾞に乗り込んだ。

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