ニンジャの話 その33 ニンジャ誕生
ここで軽く日本における民泊の歴史を振り返ります。
マーケティング用語にイノベーター理論というものがあります。イノベーター理論におけるアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間のギャップをキャズムと呼びます。新奇性のあるサービスや商品が市場に受け入れられて大成功するかしないかにはこのキャズムを越えることができるかどうかが指標になるというのがキャズム理論です。
2014年が民泊の事業者側のキャズムが超えられた年でした。これはいけるかもしれないと思ったアーリーアダプターがホストになり始めたのがこの年です。両親の古民家も2014年に民泊をスタートしています。2015,16年は一気に民泊が脚光を浴びる年となりました。アーリーマジョリティが民泊ホストに殺到します。インバウンドの好調、ホテル客室不足も後押しとなりました。16年からは野放しになっていた民泊に徐々に規制が入り始めます。当然です。「ヤミ民泊」といった言葉も作り出されます。旅館業法などの行政からの規制を受けているホテル旅館などの宿泊事業者にとって民泊は法の抜け駆けで不平等だと感じるでしょう。地域の住民にとってもいきなり隣室が宿泊施設になっていたら住環境が不安定になり騙されたように感じるはずです。この領域が規制されることは時間の問題でした。
両親の古民家を民泊化してデータを取っていた私。OTAと違いに関心を持ちました。OTAでホテル・旅館を探す場合、地名、駅名、施設タイプ、施設名称などが重要なキーワードとなります。OTAの強みは検索に引っかかるという点につきます。自社サイトはもちろんですが、GoogleやYahoo!などの検索サイトやTripAdvisorなどのメタサーチにも大量に広告費を支払ってどのような流入経路であろうと検索されたら直接表示される、もしくはリスティングの上位に表示されるというのが存在意義です。しかしほとんど全ての民泊サイトではほとんどのリスティングに名称がありません。「海まで6分。テラス付きの一軒家」とか、「渋谷駅まで徒歩3分。新築デザイナーズルーム」など、リスティングの大見出しが説明文になっています。つまりGoogleなどの文字検索ではその施設を特定して探すことが困難です。名称がついていれば一発でその施設を探し出せるのに、いかなる理由かわかりませんがそのような仕様になっていなかったのです。
どのように宿泊施設を探したのか宿泊者に尋ねてみると地図の画面から場所を探して予約されていることがわかりました。これはOTAの通常の予約プロセスとは違います。OTAの場合、地名からの検索からリスティング表示、そしてリスティングから予約が通常のプロセスです。地図も利用されますが補足的です。なぜこの差が出るのか考えた際、気がついたのは民泊施設には両親の古民家の宿泊者の多くがレンタカーで移動しているからではとの仮説に辿り着きました。通り道の地名は分かりにくいです。地図で調べる方が便利です。ということは両親の施設は移動中の通りがかりの人がたまたま見つけて予約する「Walk-in」タイプの施設の利用タイプだとわかりました。これは大変マーケティングしにくい利用属性です。Walk-in属性からDestination属性に変える必要もありそうです。
これから民泊には規制が入るであろうこと。また規制が入るとほぼ同時にほとんど全てのOTAが民泊の販売を始めるだろうこと。他の民泊施設への優位性を保ち、ホテル・旅館と同様の認知性を担保することが必要と考えると「愛知県の山間の古民家」という曖昧な存在ではイケナイと感じました。Booking.comでも2016年6月から民泊施設のトライアル掲載が始まろうとしていました。今後OTAで販売が本格化することを念頭に民泊施設ではありますが施設に名称を付けるべきと考えました。
名称を付けるにあたって気をつけるべき事はGoogleで検索されやすいことです。検索にひっかかる宿泊施設の名称の特徴は:
1)利用者にとって意味がある
2)覚えやすい
3)短い
4)地名がついている
5)ユースケースを想像できる
などです。
このような名称を持つ施設はGoogleで検索されやすいので表示される確率が上がります。表示する確率が上がると予約数も上がります。OTAに支払う手数料分のマーケティングをしてもらうことができなければ自社サイトで売る方がまだマシです。そのため、宿主の思い入れのある名称を付けるのではなく、検索されやすい名前をつけようと思いました。有体にいえばユーザー目線でブランド名を付けるということです。ユーザーが外国人をターゲットとしていたので外国人が検索することができない言葉を施設名につけることは避けようと思いました。また汎用性が高いキーワードは1語だけだとリスティングの沼に埋もれてしまいます。少なくとも2語分以上にして両方のワードを検索した場合最上位にリスティングされるよう設計した方が良いと考えました。
言い換えると、両親の古民家の名称は、訪日外国人にとって意味があり、覚えやすい短い単語の2語以上の組み合わせであること。またどんな施設か名前から想像できる名称であり地名がついている事が必要でした。
名称を付けるにあたって参考にしたのはGoogleTrendsです。ターゲットとなっている地区からどのような検索ワードが利用されているのか簡単に調べることができます。訪日外国人が頻繁に検索しているワードには Sushi, Tokyo, Fuji, Ninja などがあります。これらを比較してみるとこうなります。
ニンジャアニメのNARUTOが北米で流行っていたこともあり“Ninja”が日本最大の観光都市である“Tokyo”を上回っています。(オリンピックの時期を除く)これはお得ワードです。アメリカに住む友人たちに“Ninja“の言葉のイメージを聞いたところ、Cool、Japan などポジティブなイメージを持たれていることもわかりました。日本人の思う「忍者」を知っているアメリカ人は多くありません。言葉の持つ意味に差異があります。日本の事業者はNINJAの名称を付ける際には「忍者」とゆかりのある場所か「忍者」がコンテンツとして提供されていることが必要だと考えます。寿司を扱っているところが “Sushi”を名乗るのは当たり前です。そのため“Sushi”の名称がついているレストランは山ほどあります。ところが“Ninja”と名前がついている施設はほとんどが伊賀や甲賀のように忍者にゆかりがあるところか、赤坂のNinjaのように忍者をコンセプトとして作り込んでいる「忍者由来」の施設です。そのため人気のあるワードでありながら旅行事業者が多く使っていないワードでした。ここで認識を変えてNinjaは忍者ではなく“Cool Japan” だったということにすると「日本的でクール」であればNINJAと名乗ってもおかしくありません。両親の古民家は忍者にまつわる歴史は全くありません。それでもあえてNINJAと名乗ったのにはそのような理由がありました。認識の盲点を突いたのです。
次に施設やユースケースをイメージしてもらえる言葉をサポートワードとして考えました。民泊系宿泊施設であること、古くアンティークな家であること、一棟貸しで贅沢な体験ができることなどから考えて、Estate, Mansion, Villa, house, residenceなどが候補に上がりました。特にEstate、Mansion
は大邸宅という意味で一棟貸しやラグジュアリーのイメージを持ってもらえそうです。一方house と Villaは検索数が多く名称がかぶる場合があることがわかりました。組み合わせて検索を試行すると大邸宅を意味する言葉で最も検索数が少なくNinjaと組み合わせた場合一番リスティングのトップに出てくる確率が高いのがNinja + Mansionでした。またこれは意図したことではありませんが、候補の中で日本人が一番わかりやすい言葉がマンションでしかもこちらも逆の意味で誤用されていました。(日本人の思うマンションは英語ではアパートメントつまり集合住宅)マンションという言葉は日本人にも覚えてもらいやすそうです。EstateとResidenceは外し最終的にMansionを選びました。 The Ninja Mansion の誕生です。
次にくる言葉として地名の“Toyota”か“Aichi”をつけるか考えましたが、トヨタ自動車の検索が大変強すぎること、豊田自動車の新車として”Toyota Ninja”が販売される可能性もゼロではないこと、また地名としての豊田や愛知は検索される力が弱いことからやめました。しかし可能性としては The Ninja Mansion of Toyota はありかなとも思っています。
命名される前に宿泊されていた子供のゲストがここは「Ninjaは住んでいるの?」と聞いてくれたこともあります。ストーリーとしてもバッチリです! 両親の許可も得て、父と母の古民家は「里の館」から “The Ninja Mansion” へとリブランドされ生まれ変わったのでした。
現在、地元の方達には「ニンマン」として認知が進んでいるThe Ninja Mansionは2022年の1月だけで14万回以上検索表示される施設に育ちました。 今では “Ninja Mansion“ でも “Ninjamansion“でも「ニンジャ+マンション」でも 「ニンジャマンション」でも最上位に検索表示されます。そしてAirbnbはもとよりBooking.comなどのOTAの広告リスティングも表示されるようになりました。認知症の父を介護しながら営む人口37人の山間の村にある民泊施設はITの力を借りながら徐々に認知を広げていくことになります。
そしてそれを後押しするようにさまざまな出会いから始まるマーケティング活動が展開されていきます。
続く
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