【怪異収集録SS】『こっくりさん』②
事務所の扉が閉まるのを見届けて、昌磨は天童を見上げた。
「お札なんか渡して。今回の怪異は収集しなくてもいいんですか?」
「あぁ、今回の話は怪異なんて関係ないよ」
「へ?」
天童の軽い返しに、昌磨は素っ頓狂な声を上げた。
「いやでも、人が倒れたり、学校を休んでいる人も沢山いるって……」
「あの話の原因は『集団ヒステリー』と『インフルエンザ』だ」
「集団ヒステリー……?」
「集団ヒステリーというのは文字通り、集団で起こるパニックのことだよ。不安や恐怖などといった感情が伝染し、起こるヒステリー症状。一般的な症状は過呼吸、痙攣、歩行障害などが上げられる。歩行障害を勘違いして『足を掴まれた』なんて言う子もいるみたいだ。……彼女たちみたいにね」
天童はソファーに座り直しながら説明を続ける。
「今回は《こっくりさん》がトリガーになって集団ヒステリーを引き起こし、たまたま同時期に起こったインフルエンザの集団感染が彼女たちの想像をさらに暴走させた。……というのが正確なところだろう」
「じゃあ、あのお札は?」
「あれは俺の落書きだよ。ああいう看板を掲げていると、彼女たちみたいな悩みを抱えている子がたまに来るからね。あらかじめ用意しているんだよ」
彼の指す方向には『不可思議な現象、何でも相談に乗ります』という看板。
思い返せば、昌磨もあれにつられてこの事務所にたどり着いたのだ。
「お札って便利なんだよね。作るのも簡単だし、応用しやすいし。相手からしても、効くような気がするらしくてね。これも一種のプラシーボ効果ってことなのかな」
「なら、去年の話は……?」
「去年の今頃もインフルエンザは流行っていただろう? 彼女たちは一年生のようだし、昨年の中学校の様子は知らないからね、真実は確かめようがない」
「ということは、一週間ほどでみんな元気になるっていうのは……」
「それぐらいしたら、みんな完治して学校に戻ってくるだろう?」
昌磨は脱力した。
要は、少女たちのただの思い込みということだろう。
確かに、今の時期はインフルエンザが流行る時期である。県内で警報も出ていた。
しかし――
「おや、まだ何か言いたげな顔だね」
片眉を上げた天童に、昌磨は素直に疑問を口にする。
「いや。学校内でインフルエンザが流行っていたら、さすがに彼女たちだって《こっくりさん》のせいじゃないって、早々に気づきそうなものだなぁって……」
訝しげな昌磨の声に天童は「そうだね」と頷いた。
「でも、俺が彼女たちならこうも考える『全員が全員インフルエンザであるはずがない。何人かは《こっくりさん》のせいで休んでいるはずだ』ってね」
「……どうして」
「彼女たちはインフルエンザ以外で倒れた実例を知っているからだよ。実例を知っているからこそ、真実なのに疑ってしまう」
天童の言う『実例』というのは、集団パニックで倒れた、彼女たちの友人の事だろう。
彼の話は確かに筋が通っている。
「それじゃ、彼女たちはみんな、ただ勘違いをしていたって事ですか?」
「そういうことだね」
「それならそうと言ってあげれば、あんな胡散臭いお札なんて……」
昌磨のもっともな意見に、天童は苦笑いをこぼした。
「集団ヒステリーを起こした子たちが全員、今ここに来ていたら俺だってそう言っていたかもしれないけどね。今回はそうじゃなかったから、ああして解除キーを渡しておく方が効果的だって判断したんだよ」
天童は長い足を組みかえる。
「それに、あの年頃の子どもたちは、自分に一番自信がある時期だからね。その分、自分が信じているものを否定する意見は、なかなか聞き入れられない。そういう年頃の子に『それはあなたの思い込みだ』というのは、無理があるんだよ。もう少し心身ともに落ち着いた年齢の子たちなら、言葉で諭すという方法も有効なんだけどね」
「……そうなんですね」
昌磨は納得したような声を出した。
まぁ、これで一件落着というのならば、それはそれでいいだろう。
少女たちの心の安寧はこれで取り戻せるのだ。
問題は――
「久々の来客だったのに、今日は怪異の情報を得られませんでしたね」
こちらの方だった。
久々の来客だというから期待していたのに、当てが外れてしまった。
落ち込んだような昌磨に、天童はからりと笑う。
「そうでもないよ。今日はなかなかに有益な話が聞けた」
「え?」
「昌磨は聞き逃していたかな? 右端の少女が言っていただろう。『学校の裏手で、両腕にびっしり目がついた女の人の霊を見たって子がいる』って。あれはおそらく百々目鬼という怪異のことだ」
「それじゃ!」
「あぁ、今日いるかどうかわからないけど、中学校の裏手に百々目鬼が出現する場所があるみたいだね」
「天童さん!」
興奮したように昌磨が声を上げる。
しかし、天童はそんな彼に向かって、手をひらひらと振った。
「じゃ。昌磨、頑張って! 見つけたら連絡よろしくね」
「なに一人でサボろうとしてるんですか!」
「大丈夫、百目鬼はそんなに怖い怪異じゃないから! 怪異としての性質も人を驚かせるだけのものだし!」
「だとしても、捕まえるのには収集録がいるでしょうが! ほら、立ってください! 行きますよ!」
「えぇ……」
昌磨に促され、天童は渋々立ち上がった。
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