【5】シアヌークビルとの出逢い
カンボジアに着いてからというもの毎日のように
在住日本人の方とのアポイントで打ち合わせを
重ねていた。
「地球の歩き方」という海外旅行には必須の本が
世間一般には知名度が高く重宝されているようだが
こと現地で起業となると、実際に住んでいる方から
のリアルな情報というのが何よりも役に立つ。
カンボジアは以前は世界一の胡椒の名産地として
知られており、一時は内戦などの影響により失わ
れてしまった胡椒の価値を再度作り上げている方。
かの有名なクラダペッパーの倉田さんにもお会い
した。
8年前のスマホの写真なので写りは良くないが
左手が倉田さん。右手は僕です。
彼のような芯から大義を持って事業を営んでいる方
のお話は刺激になるし、何よりビジネスチャンスと
いう名ばかりの妄想に吊られてノコノコとやって
きた僕には強いくらいの叱咤激励を受けた。
これがカンボジアにきて最初のアポイントだったの
で本当に目が覚めて自分の甘い考えを一から叩き
直した記憶が今でも鮮明に残っている。
倉田さんとはそれ以来お会いしていないので
僕の事は当然ながら記憶にないでしょう。
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それ以降、不動産事業をやられている方、
ホテル経営者、ホステル経営者、飲食店経営者など
ありとあらゆるジャンルで活躍されている方々と
お会いする事を重ね、貴重なお話を頂戴した。
僕のようにカンボジアの魅力に魅せられて
何かを求めてやってきた若者もたくさんいた。
最初はカンボジアの治安も分からなかったので
ホテルに1週間ほど滞在していたが、
残りの生活費や環境を変えるという点から
紹介の中で知り合った日本人経営のホステルに
お世話になることにした。
ホステルというのはバックパッカーが泊まるような
共同部屋で、同じ部屋に他の旅行者が寝泊まりする
コミュニティー型の施設のことだ。
一部屋にいくつもの2段ベッドがあるタイプだ。
宿泊費は当時1泊8ドルほどだったが僕はマンスリー
で借りたので更に安くして頂いた。
日本人が経営していて、さらには新築なこともあり
他のホステルとは比べ物にならないくらい
清潔感があって快適そのものだった。
何よりも当時のカンボジアではあまり重要視されて
いなかったホットシャワーがあり感動した。
また同じ部屋に泊まる欧米人達とイヤでも英語で
会話する事があり必然と語学能力がアップする。
これも当時英語が全く喋れなかった僕にとっては
一石二鳥の環境だった。
実際に泊まっていたホステルがこちら。
ホテル業界はマリオットグループなど大手が
既にマーケットを構築していてTOPになるのは
極めて難しいが、ホステルは絶対的なNO,1が存在
しないという点で「世界一のホステルを創る」と
いう大きな目標を掲げていて、その一店舗目が
カンボジアからの発信という事だった。
米ドルが稼げて参入障壁が低い点に加え、
ライバルもまだ少ない。
タイとベトナムという観光大国に挟まれ将来的な
レバレッジも効く点から進出を決めたらしい。
オーナーさんは僕よりも2つか3つ若く、
当時彼はまだ24歳だった。
カンボジアに来てからどんな事業やろうかと考えて
いたところ、この事業モデルを思いついたらしい。
この記事を執筆している2021年時点ではすでに
カンボジア国内に5店舗も展開している。
つまりはビジネスモデルがハマった訳だが、
極めつけは2019年のホステル年間アワードで
シェムリアップ店が世界第2位の評価を得ている。
世界一の観光客数を誇るタイでNO,1のホステルが
カンボジアに進出してきたが、彼のホステルには
敵わず店舗拡大が出来ていないという点も踏まえ、
今後はカンボジア国内ではなくタイへの進出を
進めていくとの事だ。
天才的だ。。
今でもオーナーさんとは仲良くさせて頂いているが
ともかく尊敬しかない。
自分よりも若い子達が想像を遥かに超えるビジョン
を持ち世界で活躍している。
これが何より刺激になった。
世界第2位‼︎
そんな彼らのホステルグループがこちら
いま一度行動力の重要性というものを改め直した
僕は、そのホステルからの紹介でとある日本人の方
と会う事になった。
彼はカンボジアに進出してくる方々に対して
飲食店等の出店をプロデュースしている方だった。
近くのカフェでお会いして10分も経たないうちに
「ごめん!今日これからシアヌークビルに行かな
きゃいけなくて、良かったら一緒に来る?」
とのこと。
なかなか展開が早かったけどプノンペンはある程度
マーケットが把握でき、会うべき人にもだいたい
お会い出来たので二つ返事ですぐに荷物をまとめて
シアヌークビルという街へ車で向かった。
カンボジアは大きく3つの都市がある。
首都プノンペン、アンコールワットのあるシェムリ
アップ、国内最大の港とビーチが広がるシアヌーク
ビル(シハヌークビル)だ。
そしてこの3つの都市すべてに国際空港がある。
シアヌークビルまではプノンペンから車で4時間。
今は開発が進んだ影響で交通量が増えたこともあり
5時間ほどかかる。
車でのどかな道をぶっ飛ばして到着した街は
美しすぎて一目惚れした。
あぁ…いつか事業をやるならこんな街でやりたい…
そう思わせる街並みだった。
ビーチ。港町。吹き抜ける風。街の規模感。
どれをとっても最高で一瞬で好きになった。
カンボジアにこんなところがあったのかと、
まさに目から鱗だった。
近くに島がいくつかあり、気軽にボートで行ける
のもワクワク感を駆り立てた。
カジノもあり観光客もよく立ち寄る。
そして何よりあまり開発されていない‼︎‼︎
まさにこれから人気になるだろう都市だった。
連れてきてくださった方がゲストハウスを予約して
くれ3泊ほど滞在した。
街を歩いている人は欧米人ばかりで3日間の滞在で
一度もアジア系の人とすれ違わなかったのは驚いた
が、それは8年前の話で今は全く違う…
その話はまた後日。
ちなみにカンボジアの気候は雨季と乾季に分かれて
おり、5月下旬から10月末までが雨季。
11月から5月中旬までが乾季で雨がほとんど降らず
中でも12月から2月がベストシーズンと言われる。
実際8年間住んでみたがこれは間違いない。
僕がシアヌークを訪れたのは10月上旬だったので
本来は雨季だが、この時は天気にも恵まれシアヌー
クビルの良さを存分に味わうことが出来た。
シアヌークビルの街を観光も兼ねてぐるりと周り、
カンボジア唯一の貿易港のため日本からこちらで
需要のあるものを輸入してビジネスが出来ないか?
それ以外に今後需要のあるビジネスはなんだろう?
など妄想を膨らませ有意義な時間を過ごした。
当時、僕の少ない脳みそで考えていたのは
1.貿易関係(輸出入)
2.お土産屋さん
3.飲食店
4.レジャーや観光業
1→カンボジアは足りないものが多すぎるので、
これから需要の出そうなモノを日本から輸入すれば
きっと売れるだろう。
これは実際に考える人が多くて当時のカンボジアは
ベトナムより10年、タイより15年、日本より30年
遅れていると言われていた。(だいたいね。)
なので昭和にタイムスリップしたかのような感覚で
日本で実際にどのようなトレンドで経済が成長して
いったのかを当てはめて考えたりする人もいた。
しかしながらカンボジアと言えどもインターネット
が普及して情報の取得が早くなり、その分経済成長
も早くなるので一概には言えない。
そして何より輸出入の知識もモノを仕入れるお金も
なかったので早々に断念したw
2→カンボジアのお土産といえば何?
今ですら思い浮かばないのだから当時はもっと何も
なくてカンボジアのお土産といえばコレ!
みたいなモノを作れたら勝ちだな!と思っていた。
3→前にも書いたが僕は以前リクルートのホット
ペッパーで働いていたので手前味噌だが、ある程度
マーケティングが得意だと思っている。
なので飲食店をよりビジネス目線で見る事が出来た
ので他店との差別化やカンボジアにフィットした
モデルなどは他の事業体よりも自然と深く考える事
が出来た。
4→レジャー系はこれは実際にカンボジアに行かない
と分からないが、カンボジアはとにかくアミューズ
メントやエンターテイメント施設が少ない。
今でこそ普及してきたが、あんなにキレイなビーチ
や島があるのにマリン系のアクティビティも少なく
色々とチャンスがあるなと考えていた。
つづく…
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