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飛騨高山の二大伝統野菜の生産者を訪ねて。地域の農業を支えるのは人と人とのつながり

名古屋から車を走らせること2時間。
車から降りて感じたのは、冷んやりとした空気とどこか懐かしい雰囲気。

北アルプスの雄大な山々に囲まれ、自然あふれる岐阜県高山市を訪問してきました。昔ながらの街並みが残る市街地には多くの観光客が訪れます。

そんな高山市で農業に励んでいる友人がいます。玉田晋太郎さん(以降、晋太郎さん)です。

彼とは会社員時代の同期で、社員寮の部屋も隣同士であったりと日夜を共にしてきた仲。今年の上旬に会社を辞め、実家の農業を手伝っています。農業をしているとは聞いていたものの、実際に何をどのように生産しているのかは知らず、一度実際の現場を見てみたいと思っていました。

会社員時代の晋太郎さん。
BBQ好きで同期BBQ会を毎年企画してくれました。

私は今まで高山市を訪れたことはなく、飛騨市とともに「飛騨高山」と呼ばれるエリアは農業・畜産が盛んです。是非訪れたいと思っていた地域であり、私の「農旅」の最初の目的地としました。

農作業のお手伝いもさせていただきながら飛騨高山の農業、高山市の魅力に迫ります。


古き街並みと自然が共存する高山市

高山市には木造の建築物が多く残り、昔ながらの雰囲気を醸し出しています。「古い町並み」と呼ばれる通りには、数多くの外国人観光客も訪れ、観光地として賑わいをみせています。

思わず足を止めたくなる店が並ぶ「古い町並み」

古い町並みから少し歩くと国指定史跡に登録されている「高山陣屋」が見えてきます。高山陣屋は、江戸時代に使われた御役所や代官の住居などを併せた総称です。全国にただ1つ現存する徳川幕府郡代役所として復元、保存されてきました。    

高山陣屋 
見学時間の目安は30分
・アクセス:高山駅、高山濃飛バスセンターより徒歩10分
・ホームページ:https://jinya.gifu.jp/

もうひとつ、飛騨高山といわれて想像するのは自然に囲まれた風景ではないでしょうか。3000m級の山々が連なる北アルプスと隣接する高山市は、市街地にも多くの自然が見られます。

自然に囲まれた高山市の中心街

なんと高山市は日本で一番面積が大きい市。そのうちの9割を森林が占めるため、森林面積でも日本一の広さを誇っています。
自然と古い町並みが共存して創り出す風景は飛騨高山の大きな魅力です。

高山市が誇る二大ブランド野菜

標高が高いことから夏でも比較的涼しく、朝晩の寒暖差が大きい高山市。北アルプスのミネラル豊富な雪解け水にも恵まれています。そんな環境で伝統的に生産されてきた野菜があります。

飛騨ほうれんそう」と「飛騨トマト」です。

この2つは飛騨牛と飛騨コシヒカリに並ぶ「飛騨ブランド」としてJA(農業協同組合)が熱心にPR活動をしています。

冒頭で紹介した私の友人・晋太郎さんは、飛騨ほうれんそうの生産を手伝っています。まずはその生産現場に足を運びました。

飛騨ほうれんそうの生産現場を訪ねて

高山市の市街地から車で約15分。
晋太郎さんの実家兼作業場にお邪魔しました。晋太郎さんとお父さんの玉田明正さん(以降、明正さん)、お母さんの玉田由紀さん(以降、由紀さん)が出迎えてくれました。

飛騨ほうれんそうのハウスをバックに父子揃い踏み
(左から晋太郎さん、明正さん)

屋台骨である明正さんを中心に、家族3人とパートさんの力も借りて飛騨ほうれんそうを生産している玉田家のみなさん。収穫した飛騨ほうれんそうは箱詰めまでしてJAに出荷し、各地の店舗に届けられます。

高山だからつくれる高品質な夏のほうれんそう

自宅から車で数分程度の場所に、明正さんが飛騨ほうれんそうを栽培しているビニールハウスが並ぶエリアがあります。ビニールハウスを背に明正さんが飛騨ほうれんそうについて語ってくださいました。

ほうれんそうは冬の作物ですが、夏の気温が比較的低く、湿気がある気候により、50年程前から高山で生産がはじまりました。

飛騨ほうれんそうは7月から9月の夏の期間、関西方面で8〜9割ものシェアを占めているとのこと。春は九州産のほうれん草が大阪向けに出荷され、自然と取引値段が安くなってしまいますが、夏に高品質なほうれんそうを供給できるのが高山の魅力だそうです。

驚くほどみずみずしい栽培中のほうれんそう

もともと高山では米の生産が盛んでした。しかし米で儲からず、生活するのが大変になってきたタイミングで野菜を栽培する人が出てきたそうです。米と比べて野菜は安定してつくれることもあり、雨よけハウスを建てて一部の人が生産をはじめました。

加えて、トラックで輸送する流通が発展したことが野菜の生産拡大に貢献しました。今でこそ収穫したほうれんそうは真空予冷して運ばれますが、昔は木の箱に氷を入れて運んだようです。現在では、JAや高山市の協力により、関西・関東の大規模市場に供給できる体制が整いました。

同じようにトマトも、市からの補助事業として雨よけハウスを建てられるようになり、生産体制が拡大したことで名産品に。こうしてほうれんそうとトマトが飛騨の野菜の二大品目になったということです。

※真空予冷:食品に含まれる水分を蒸発させて、その際に奪われる気化熱によって冷却する方法。

地域の人手が欠かせないほうれんそうづくり

高山市の名産品になった飛騨ほうれんそうですが、生産現場は人手不足に悩まされています。収穫したほうれんそうは、出荷規格のサイズになるよう調整し、袋詰めと梱包までする必要があり、これに人手がかかります。

ほうれんそうの調整作業の様子

袋詰めは機械化されていて一人でも作業はできますが、サイズを調整するのは手作業になります。明正さんのところでは調整作業をするパートの方が6名ほどおり、全員が地元の方です。外国人の方を入れることもあるようですが、住み込みの費用が必要になります。

私も実際に調整作業をやらせてもらい、機械化するには難しい作業だと感じました。地元で働ける方の数は限られており、人手を確保するのが困難なことから規模を拡大できないのが現状です。

飛騨ほうれんそうづくりにかける情熱

イメージキャラクター「ひだのほうちゃん」と

人手不足という課題はあるものの、明正さんのお話に悲壮感は一切感じませんでした。伝わってきたのは、飛騨ほうれんそうづくりに対するプライドと情熱。

取材中、息子の晋太郎さんにほうれんそう栽培のノウハウを伝える場面がありました。晋太郎さんは家業を手伝いはじめてまだ半年ほどで、修行中の身。明正さんは普段から晋太郎さんに厳しく指導しているようですが、その裏には飛騨ほうれんそうのブランドを守っていく使命を感じられました。

収穫期を迎えたほうれんそうは専用の収穫機で刈り取ります

収穫作業の最中、明正さんがほうれんそうの根を収穫機でちょうどよい長さで切る難しさを説明してくれました。

「収穫作業はまだ晋太郎にはさせられないな」

晋太郎さんの横でにやりと笑みを浮かべながらつぶやく明正さん。
次に伺う際は、収穫作業をする晋太郎さんの姿が見られることを楽しみにしています。

新規参入者が増えて活気づく飛騨トマト

高山市のもう一つのブランド野菜である飛騨トマト。こちらも冷涼で一日の寒暖差が大きい気候を活かし、7月から11月まで出荷されています。

晋太郎さんの同級生で、飛騨トマトを生産されている挾間祐樹さん(以降、祐樹さん)にもお話を伺うことができました。

工夫された栽培スタイルで飛騨トマトを栽培

がっちりとした体格と柔らかな笑顔が印象的な祐樹さん

祐樹さんは農業大学校を卒業された後、家族で経営する挾間農園でトマトの生産に従事されています。生産したトマトはJAに出荷し、飛騨トマトとして店頭に並びます。

農園の敷地にはびっしりとトマトのハウスが並んでいました。ハウス内を見学させていただくと、トマト苗が均等に植えられ、1本1本の苗を丁寧に仕立てている美しさに圧倒されました。

一般的なトマト栽培では行わない脇芽をあえて残す方法など、収穫量を増やすノウハウも教えてくださいました。挾間農園は高山市のなかでも長年トップクラスの反当たりの売上を誇ります。その結果もうなづける管理された栽培スタイルでした。

飛騨トマトの収穫作業もお手伝いさせていただきました

飛騨トマトの生産現場には、新規参入する人が増えているそうです。

2年間の研修を経て、飛騨トマトで新規就農を目指す研修生が今年だけでも10人入ったとのこと。それだけ飛騨トマトに魅力があるという証です。

今後は夏場の高温など、異常気象に対応した栽培方法を検討する必要があるようです。猛暑の影響による全国的なトマトの値上がりもあり、飛騨トマトの生産者は売り上げを伸ばしています。

農業をしていてよかったのは人とのつながり

飛騨ほうれんそうを生産する晋太郎さん、飛騨トマトを生産する祐樹さん。若手のお二人にそれぞれ農業の魅力について伺ってみました。

同級生でもある晋太郎さんと祐樹さん

晋太郎さんが語ってくれたのは、「農業を始めてからは気持ちが楽。自分の場合は家に就農しているから生活の延長線上で仕事ができていることが楽ですね。」という魅力。
日中、一緒に仕事を手伝わせてもらいましたが、常に生き生きと仕事をしており、家族と仕事することを楽しんでいるようでした。

祐樹さんが感じている農業の魅力は、人とのつながり。
「人と人とのつながりが強くなること。そして先輩との付き合い。この地域特有の魅力かもしれないですが、上の世代がすごく優しい。優しくしてもらった分、自分の下の世代にも優しくしようという気持ちが芽生えます」と話してくださいました。

お二人のお話を伺い、人と人のつながりが高山の農業を支えているのだと感じることができました。

人にも作物にとっても快適な高山市

最後に晋太郎さんと祐樹さんに高山市の魅力について質問してみました。
すると、お二人から同じ答えが返ってきました。

「高山は住みやすい」

夏でも朝晩は涼しい、関東・関西に近い、渋滞がない、コンビニや美容院が多い。お二人の口からはたくさんの魅力が出てきます。住みやすさは、農業を生業とするお二人にとって大事な要素なのだと分かりました。

ほうれんそうやトマトといった作物にとっても快適な高山市の気候。美味しくて質の高いブランド野菜を作る上で、高山の環境は欠かせないものだと知ることができました。

取材後記

今回は晋太郎さんとのつながりで、高山市の地域取材をさせていただきました。明正さんと祐樹さんにもお話を伺い、今までまったく知らなかった飛騨の二大伝統野菜の魅力と歴史について深く知ることができました。飛騨ほうれんそうと飛騨トマトはもちろん、人が温かい高山市の雰囲気も好きになったので再訪したいです。

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