ドイツ生活スタートダッシュ
前回の記事ではドイツでの初めての引っ越しについて書きました。
今回は、その引っ越しをする前、2020年3月から5月末までの3ヶ月間住んだ家での生活について書こうと思います。
<どんな家?>
私が住んでいたのはケルン市内のHolweideという地区。住宅が多く、高齢者や子供のいる家族が多く住んでいて、全体的に静かで治安の良さそうな地域です。
私は老夫婦の大家さんが住んでいる一軒家の一部屋を借りるという形で住むことになりました。この物件は語学学校と提携しているようで、私の他にも既にギリシャ人1人、チュニジア人2人が別の部屋に住んでいました。しかしそれぞれの部屋に鍵がついており、みんなが集まるようなスペースもないため、キッチンで出くわす以外はほとんど関わることがありませんでした。
<衝撃のルール>
入居日当日、家に行くと、最初に書類を渡されこの家のルールを説明されました。当日家に行くまで全く知らされることのなかったルールがこちらです。
・20時以降のキッチンの使用禁止(電子レンジなどの使用も禁止)
・22時以降のシャワー、電話、その他の騒音のするものの使用禁止
・大家さんはキッチンにでっかい冷蔵庫、それ以外の4人はキッチンから遠く離れた小さい冷蔵庫を共用。
・食洗機、洗濯機の使用禁止
・洗濯物の手洗い、キッチン以外での料理禁止
・洗濯は毎週金曜日に大家さんにお願いする(1回2.5€)
家賃を払っているのに洗濯機を使えず、洗濯したいならお金払えばやってあげるよというスタンス。良いビジネスだと思いました。一度、「量が多くて洗濯機2回回したから、5€ね。」と事後報告された時は発狂しそうになりました。ドイツ人の知り合いいろんな人にこの話をしますが、みんな驚いているので、この大家さんがドイツ人の代表ではないのでしょう。安心しました。
20時以降キッチンが使えないのはさすがにかなりきつかったです。ロックダウンの時以外はサッカーの練習があり、いつも21時または22時までだったので帰ってからはいつも冷えたものを食べていました。22時以降に帰宅した時はシャワーすら浴びることができず、そのまま寝て次の日の朝早起きしてシャワーを浴びてから学校に行っていました。
ということで、この環境では、自分の一番やりたいことであるサッカーに集中して取り組むことができないと思い、入居すると同時に引っ越し先を探し始めました。
<個性派メンバー>
今まで他人と住んだことのない自分が、外国人と、それにドイツ人だけでなく、ギリシャ人とチュニジア人とも一緒に住むことになったのですから、驚くことの連続でした。
まずはドイツ人の大家さん(おばあちゃん)。キッチンは昼間でもそこまで明るくなく、野菜を切るときに手元をよく見たいから電気をつけていました。すると、「いらないだろ。ドイツは電気代が高いんだ。」と勝手に消されました。軌道に乗るまでは料理するのに少し時間が必要だったのですが、私が料理中に大家さんがやってくるたび、「また料理してるのか」「いつまで作ってるんだ」と言ってきて、本当に嫌な思いをしました。今思えば、「彼らには1日に2回以上料理をする文化がないこと。彼らは思ったことを本当になんの気もなく口にすること。」への理解が足りていなかったかなと思います。本当にただ疑問に思ったり、驚いていただけだったのでしょう。それでも当時の自分にとっては本当に嫌でした。キッチンにいる時はいつも大家さん来ないでくれと願っていました。1度大家のおばあちゃんが夢にまで出てきた時は本当に焦りました。今となっては異文化体験できた良い思い出です。
次にギリシャ人。自分と同い年にも関わらずかなり幼い子でした。とにかくだらしがない。洗った食器は水がついたまま、使った調理器具はちゃんと洗わず油のついたまま棚に戻すような人でした。シャワーを浴びた後は水を切ってくださいというそれだけのルールを一度も守ったことがない。夜22時以降部屋から思いっきり漏れる大音量で映画を見ている。階段を登る足音が異常にうるさい。みんなが使うハンドソープ、食器用洗剤などは順番で買うことになっていたのですが一度も買ってこない。ロックダウンの間は親戚の家にいたらしくほとんど一緒に生活することがなかったので、その分ストレスが溜まらなくてよかったなと思います。彼からはメンタルの強さを学びました。あまりにも突き抜けていて最後の方は感心しました。
そしてチュニジア人。1人目。マリクはとてもいい人でした。一度チュニジアの料理を作って分けてくれました。好青年で、いろんな話をしました。一度カレーを作った時に「いる?」と聞いたのですが、「今日はもういらない」と言われました。ちなみに使ってる肉が豚肉だったことに気づき、2人で「あ、そもそもだめだ」となりました。彼はムスリムでした。日本に住んでいる間は正直、教科書で習うときしか出てこなかったムスリム。どこか遠い存在でしたが、とても身近に感じることができました。彼らは断食もしていました。
そしてもう1人がムサ。とてもいい加減な人でした。「サッカーボール持ってるの?サッカーしようよ」と言われました。「持ってるよ。いいよ。明日の午後15時は?」「OK」とキッチンで会話しました。次の日張り切って部屋に呼びに行くとまさかの昼寝中。今日は無理と言われました。そしてある日、「塩持ってる?今日日曜日でスーパー開いてないから買いに行けないんだよ」と言われたので、快く貸してあげました。しかし、それで私の塩がキッチンのどこに置いてあるかがバレてしまいました。数日後キッチンに塩がなかったので聞きに言ったら、彼が自分の部屋に持って行っていました。びっくりしました。全部勝手に使われるようになったら困るので、すぐにキッチンに置いていたものを全部自分の部屋に運びました。そして最後にもう1つ。私の引っ越し間際、冷蔵庫に入れていたバターを使おうと思ったら、まだ一度しか使ってないはずなのに、あと小さいスプーン一杯分くらいしか残っていませんでした。犯人は1人しかいないので、すぐに彼の部屋へ行き聞きました。(その日は土曜日でした。)すると「ごめん。土日はスーパーが開いてないから、少し使わせてもらった。」と言ってきたので、はっきりと「いや、土曜日はスーパー開いているし、この量は少しではない。」と言い返しました。すると、「ごめん。新しいの買ってくるよ。」と言って家を出て行きました。帰ってきた彼がキッチンにいる私を見つけると一言。「ごめん。買うの忘れた。」開いた口が塞がらないとはまさにこのことかと思いました。「もう引っ越すから買わなくていい」と伝えましたが、彼は「新しいのを買うから例え引っ越すとしても、引っ越し先に持って行けばいい」と頑なに言っていました。その後彼とは会うことなく数日後引っ越しました。彼がバターを買ったのか気になるところです。やっぱりどうでもいいです。
<まとめ>
洗濯でお金を要求したり、何1つ他人のために行動しなかったり、他人のものを平気で盗んだり。メンタルの強さ、図々しさなんかは学ぶべき面も多いなと感じました。模倣するわけではなく、自分に足りないところは多少補いつつ、日本人として育ってきた恩恵である気配りや真面目さ、勤勉さなどはなくすことなくこの先も生きていきたいです。それはサッカーにおいても同じことが言えるかと思います。
自分の生きてきた環境で当たり前だと思われていたことは世界に出ると全然当たり前じゃないだと、身をもって、日常生活を通して知ることができたのはとても大きな経験でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?