大衆の生活
普段は午後7時前に家に帰り風呂に直行
午後8時半には眠り、朝3時に起きる
夜、風呂に入ってすぐに眠るために、夕食は午後4時ごろ会社でパソコンの画面を見ながら妻が作ってくれた味噌汁を飲むだけ
そうすることで胃が軽くなり、夜、すぐに眠れる
平日はそんな仙人のような生活を送っているが今日は土曜日、自分の好きに時間を使える
朝は午前2時半に目が覚めた
この先の時間を自分の好きにできると思うとテンションは爆上がり
朝6時まで執筆し、6時からはランニング
そこまでは普段と同じだが今日は土曜日
平日なら家に戻ると朝食だが、今日はその前に腕立て伏せ100回
普段なら7時45分までの朝食を食べ終わらないと電車に間に合わないが今日は4杯も飯を食って食べ終わったら9時近く
空は快晴で日が当たる場所は暖かい
眠くなったのでベランダにサマーベッドを出し、冬の日差しを浴びながら、早くも昼寝を楽しんだ
しかし、思い通りに事が進んだのはそこまでだった
30分ほどベランダで寝ていたら足が攣った
腕立て伏せをするときに、腕立て伏せ用のバーを使うようになったのだが、それでやると負荷が高い
全身に力が入りすぎたのだろう
起きたら身体中の筋が針金のように硬くなっていた
そのような状態で横になると、今度は足ではなく別の部位が攣ることは経験上わかっていた
ベランダで寝るのは諦め、本を読むことにした
読もうと思っていた本を本棚から取り出すと6冊あったが、今日は一日中時間を使える
6冊全てを日の当たる部屋に持ち込み、読み始めた
だが30分もすると眠くなった
冬の太陽が背中を温めてくれていて、冷えて足が攣らないようにと、両足を足湯ブーツに入れていた
眠くなるのは当然で、当然のようにベッドへ向かった
まだ時刻は午前10時を少し過ぎたくらい
ちょっとくらい眠ってもまだまだ時間はある
再び目が覚め、寝室の遮光カーテンを開けると、日差しは午前中の青白い光から、夕方の少しオレンジがかった色に変わっていた
嫌な予感がして時計を見ると午後3時
「さすがにまずい」
今日はたくさん本を読もうと思っていたのに、もう飯を食いに行かねばならない
本を取るか飯を取るか?
もちろん飯だ
日没まで時間がない
休日であっても夕食は日没までにとる
そうすることで夜、よく眠れ、朝早く起きることができる
飯の前に妻と散歩する約束があったので散歩に出た
当初は散歩のついでに焼肉屋で夕食を取るつもりだった
平日の夜、会社で味噌汁一杯だけ飲んで家に帰ってくると腹が減り、「焼肉食べたい」と妻に言ってから寝るのが習慣になっていた
「やっと願いが叶う」
それくらい楽しみにしていた焼肉だったが、朝、ごはんを4杯食べるというアクシデントに見舞われ、私は腹が減っていなかった
夕食は散歩から帰って家でとることにして、万が一、途中で腹が減ったときに備えてクレジットカードを持って散歩に出た
「さっきまで午前中だったのに、もう夕方」
会社を辞めたら働かずに暮らそうと思っているが、こんなに長い時間昼寝していたら、会社を辞めたところで何もできない
会社を辞めたとして、毎日どんなふうに時間を使って生活するのが正解なのだろうか?
その正解を探しながら歩いていたら、焼肉屋に着くまでに腹が減っていた
焼肉屋では、普段は一杯しか飲まないマッコリを、「土曜日だから」と2杯飲んだ
そのまま帰るつもりだったが、甘いものが食べたくなり、向かいのビルにあるファミレスに寄った
焼肉屋は、まだ午後5時前だったので人が少なかったが、ファミレスは満員だった
5分ほど待って席に案内されると、その席からは街路樹に施されたイルミネーションと、街の看板が多数見えた
ニトリ、GU、無印良品
「大衆の店しかないな」
私は妻に呟いた
「そしてここには大衆がたくさんいる」
そう言って、私はファミレスの中を見渡した
おばさん、親子、女子
いろんな4人組がメニューを広げ、メニューを見るという行為に没頭していた
「なるほど、これが大衆の生活か。これはこれで楽しそうだな」
大衆というものは疑いを持たない
何が入っているのかわからないファミレスの飯でも楽しく食える
ちなみに私と妻はイチゴのパフェを頼んだ
二人とも砂糖の入っているものは決して口に入れない主義だが、この店に入った時点で大衆と同じ穴の狢
美味しいと思ったものを食べればいい
フェミレスの窓からは映画館が見えた
これで「トップガン」でもやっていたら最高だな、と思った
焼肉の後、ファミレスでパフェを食べ、「トップガン」を観て帰る
絵に描いたような大衆の生活だ
パフェを食べ店を出ると家電量販店があった
ファミレスの隣に家電量販店
なんとも節操の無い店の並びである
テレビのコーナーに行くと、「トップガン」が大画面の液晶パネルに映っていた
戦闘機がピューっと飛んでいって、トム・クルーズがかっこよく敬礼する
まだ観ていないが、多分、それだけの、そういう映画だろう
やはり「トップガン」は焼肉とファミレスに相性がいい
考える、とか、疑う、とか、そんな気持ちを吹き飛ばす
家に帰ると午後7時半を過ぎていた
思いの外長い時間、大衆の生活を楽しんでいた
リビングには昼寝する前の読んでいた本が置かれていた
歴史を通貨から見た本で、ドイツで第一次世界大戦の後ハイパーインフレが起きたが、なぜそれが起きたのかについて書かれているページを下に伏せ、置かれていた
ドイツのハイパーインフレについて、教科書では「ドイツ政府の失敗」として書かれている
だが1922年までマルクは安定していて、ハイパーインフレが起きたのは、ドイツ中央銀行の通貨発行権が戦勝国によって剥奪された後である
天文学的な戦後賠償金を払うためにドイツがマルクを刷りまくったかのように教科書には書かれているが、ベルサイユ条約では、「金、ポンド、または米ドル」で支払うことが明記されていて、マルクを刷っても無駄である
実際にはマルクが空売りされることでハイパーインフレは起きたのだが、空売りの軍資金を出していたのが通貨発行権を剥奪されたドイツ中央銀行だった
つまり、ドイツのハイパーインフレは、ドイツ中央銀行の通貨発行権を剥奪した戦勝国によって起こされているのだが、教科書上では「ドイツ政府の失敗」と変換されるのだ
要するに、みんな騙されている
騙されていることにも気づかない
そもそも騙している人がいると考えたこともない
そして、そんな教科書に書かれていることをトレースするテストで百点を取ることが価値とされている
いつものように午後9時にはベッドに入り眠りたかったが、頭が痒くなってきた
パフェに入っていた砂糖の影響だ
美味しかったがパフェは大衆の食べ物だ
大衆と同じものを食べていたら、大衆と同じになってしまう