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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 中編 12

 何も決まらないまま自室に戻った間人大王を待っていたのは、弟の大海人皇子(おおあまのみこ)であった。

「大殿は険悪な雰囲気だったので、采女に頼んでこちらに通してもらったのですよ。姉上、随分、お疲れのようですね?」

「疲れもします、兄上があの調子では」

 木簡を覗き込んでいた大海人皇子の前に、間人大王はへたり込むように腰を下ろした。

「こんなに疲れるのだったら、大王になるのではなかったわ」

「おや、辞めますか? だった、私に大王をやらせてくださいよ」

「あなた、本当にこんなことしたいの?」

「大八州国(おおやしまのくに)を取り纏めるのですからね。男としては何とも羨ましい限りですよ」

「そう……」

 間人大王は、大きなため息を付いた。

「ところで、大殿の話は百済への増援のことですか?」

「そうだけど……、そうだ、あなたが大王なら如何する? 百済から増援要請があったら、兵士を送る? それとも無視する?」

「そうですね………………って、まさか私の意見で決めようとか考えていませんか?」

「違うわよ! あくまで参考よ、参考!」

 間人大王は、慌てて首を振った。

「そうですか、では……、百済への援軍ですよね? だったら、派遣したら良いのではないですか?」

「あなたも、増援支持なのね」

「いえ、違います。私が言いたいのは、百済への援軍とは、倭軍の救出軍という意味ですよ」

 間人大王は小首を傾げた。

「つまり、百済を助けに行くのではなく、百済に渡った援軍を救出しに行くのです。あの唐軍を相手にするのですよ。勝てる訳がないではないですか。それに、あの豊璋様が指揮官でしょう? 百済が完全に平定されるのも時間の問題です。ただ平定された後、残された我が国の兵士を如何するかです。彼の地で見殺しにする訳にいかないでしょう? だから、その倭人たちを救出するために軍を派遣するのですよ」

「なるほどね。でも、それでは百済も黙っていないでしょう?」

「百済に黙っていたら良いでしょう。あくまで百済には増援だと思わせて置くのです。派遣軍も、行き成り百済の本拠地に赴かず、新羅の南海あたりで、うろうろしておけば良し。いざという時に救出に向かえばいいのですから。姉上、上に立つものは、常に下のことを思ってやらなければ。使うだけ使って、はい、さようならはないですよ」

 大海人皇子の意見は最もだと思った。

 中大兄の称制2(663)年3三月、2万7千の防衛軍は、第二次百済援軍へと編成替えさせられた。

 併せて、前将軍に上毛野稚子君(かみつけののわくごのきみ)と間人(はしひとの)大蓋連(おおふたのむらじ)、中将軍(なかのいくさのきみ)に巨勢神前譯語臣(こせのかんさきのいおさのおみ)と三輪根麻呂君(みわのねまろのきみ)、後将軍に阿倍引田比羅夫臣(あべのひけたのひらふのおみ)と大宅鎌柄臣(おおやけのかまつかのおみ)の計6名が任命された。

 そして各将軍たちは、間人大王から内々に極秘の命令を受けたのであった。

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