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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 13

 彼女が、弟成の感情に気が付いたとき、軽皇子との関係は急に終わった。

 彼が通わなくなったのだ。

 聞けば、別に通うところができたらしい ―― 蘇我倉麻呂臣(そがくらのまろのおみ)の三女、姪娘(めいのいらつめ)である。

 八重女の侍女たちは酷く落ち込み、中には軽皇子のことを悪くいうものたちもいた。

『まだ、十歳にも満たない小娘らしいわ、姪娘は。軽皇子は、そういう娘がお好きなのだとか』

『女は若い方が良いとかいうけど、あまりにも若すぎるわよね、嫌らしい』

『男って、本当に嫌らしいわよね』

 などと、口悪い。

『そんなこと言うものではないですわ。軽様には、軽様のお好みがあるのだし、姪娘はそれのお眼鏡に適ったわけだし、私には何かが足りなかったのでしょう』

 逆に、八重女は清々していた………………軽皇子のねっとりとした行為から逃れることができたので。

『これで、少しゆっくりできるでしょうし』

『そんな呑気な事おっしゃってる場合ではありませんわ。皇子のお通いがなくなるということは、大伴家には一大事なのですよ』

 侍女たちが何を慌てているのか分からなかった。

 だが時が経つにつれて、それが分かった。

 明らかに、大伴氏の中の自分の立場が変わってきたのだ。

 以前は、八重子様々 ―― 馬飼の弟である馬来田や吹負たちなど、まるで皇女に対するような扱いで ―― 主である馬飼自身は、初めに話をして以来、ほとんど話すことはないのだが、その息子たちも恐る恐る八重子に接しているような感じだった。

 まあ、安麻呂はだけは、本当の妹のように扱ってくれていたのだが。

 だが、軽皇子の通いがなくなると、馬来田たちの態度ががらりと変わり、扱いが雑に……というよりも、かなり悪くなった。

 一族が介する場に出ても、何かと無視をされることが多い。

『あの役立たずが』

 という陰口もたたかれるし、白い目で見られる。

 やがては、その場にさえ呼んでもらえなくなり、屋敷の奥 ―― 日も当たらないような、庭だけは馬鹿に広い屋敷へと移され、

『表に出るな!』

 と、きつく言い渡される。

 なかば幽閉状態だ。

 八重女にとっては、大伴の男衆たちと話をすることもなく、皇子たちの夜の相手をすることもなく、女たちの悪口や陰口を聞かずに済むので願ったりかなったりだ。

 それでも、自分の境遇を嘆かずにはいられない。

 自分がいったい何をしたというのだ。

 生みの親に捨てられ、育ての親に捨てられ、寺にも捨てられ、勝手に大伴氏の娘にさせられたかと思うと、皇子の相手をさせられ、挙句に皇子に捨てられると、大伴氏からも見捨てられ………………

 ―― 結局私って、道具なんだ………………

 奴婢として生まれたものは、結局奴婢として生きなければならない ―― 意思を持たぬ道具として………………

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