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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第一章「小猿米焼く」 後編 11

「林臣、今日は何のようで宮へ?」

「はい、大后から思し召しがありまして」

「そうですか、大后が。何の話でしょうね……、もしや、次の大王の話では?」

「はい? いえ、それはないでしょう。それならば、大臣を呼ばれるはずですから」

 妙な話になってきたぞと入鹿は思った。

「いや、分かりませんぞ。大后には、何か秘めたる思いがあると私は思っておりましたから。もしや、大臣にできぬ相談を、あなたになされるのかもしれない」

「私に御相談なされたところで、どうすることもできません」

「そんなことはござりますまい、未来の大臣が」

「私が、大臣など」

「いやいや、専らの噂ですぞ。次の大臣は林臣で決まりだと。旻(みん)の講堂で並ぶものなしとまで言われた貴方ですから、これで国も安泰だと」

 やはり、馬鹿にしているなと入鹿は思った。

「そんなことはありません。父もまだまだですし。それに、他の方もいらっしゃいます」

「そんなことは関係ありません。大臣を出すのは蘇我家の役目ですから。それに、林臣には、この国をより良くする案がおありだとか」

「は?」

「聞いておりますぞ。公地公民というものを。この国の土地・人民を全て大王のものとし、唐に負けぬ強力な国家を造り上げようとなさりたいとか」

「愚臣の戯言です」

 入鹿は焦った。

 確かに、父にそんな話をしたことはあったが、もう噂に上ろうとは。

「いやいや、私、これを聞いて感動しました。これこそ、国家を繁栄させる良策となるだろうと。私も、この政策に携わっていきたいと思ったものですよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 それにしても、この柔らかい声は虫唾が走ると入鹿は感じていた。

「しかし、どうでしょう。山背大兄が大王になって、この案を実現できましょうか?」

 入鹿は軽皇子を見た。

 しかし、暗くて顔は見えない。

「この案を実現するには、多くの氏族から反発があるでしょう。いくら大臣が纏め役といっても、最終決断は大王です。山背大兄が大王として裁可を下した時、氏族は納得しますかな?」

 入鹿は言葉もなかった。

 確かに、山背大兄は少々優柔不断なところがある。

 それに、山背大兄一族は斑鳩に籠もって、飛鳥の重臣たちとあまり接触がない。

 我が国の根本を変えようという政策だ、大臣が道筋を付けても、最終的には大王の裁可が必要となる。

 その時、飛鳥の重臣との関係が薄い山背大兄で纏まるだろうか。

「宮門が開いたようですぞ」

 軽皇子はそう言うと、入鹿の前を通り外へ出て行った。

 しかし、入鹿は動かなかった。

「大郎様、宮門が開きました。大郎様?」

 外では、従者の声がする。

 それでも、入鹿は動かない。

 彼は、軽皇子の言葉をじっと考えていた。

「大郎様……」

 雨が、屋根を打つ。

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