【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 前編 6
正式な夫婦になってから、二人は連れ立って出歩くことが多くなった。
宝皇女は、人前に出ることを嫌がったあの頃とは打って変わって、自信に満ち溢れていた。
この人といれば私は大丈夫だ。
恋は、女を強くもするらしい。
2人の行き先は、常に決まっていた。
甘檮丘である ―― ここから、飛鳥一帯が見渡せた。
そして、2人の会話も決まりきっていた。
「私が大王になったなら、この飛鳥に、大陸に負けないほどの都を築きましょう」
「まあ、そんなに大きな都を?」
「そうです。そして、あなたのために、その都にたくさんの草花を植えるのです」
「私のために……、嬉しい。きっと約束ですよ」
「ええ、必ず」
そんな会話が交わされるのだが、宝皇女は、それが叶わぬ夢と知っていた。
高向王の方は幾分本気のようであったが、彼は明らかに大王候補から度外視されていた。
それでも構わないと宝皇女は思っている。
2人だけでいることが、彼女にとって何より幸せだった。
その2人に、さらなる幸せが舞い込んだ。
新しい家族ができたのだ。
その子を ―― 漢皇子(あやのみこ)と名付けた。
宝皇女は、幸せの絶頂にいた。
夫は大王にはなれないが、十分優しい。
子供も、日に日に大きく逞しくなっていく。
それ以上、何も望まなかった。
この幸せが永遠に続くこと以外は………………