【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 中編 9
一線を越えた2人は、毎日のように互いを求め合った。
だが、2人が愛し合えば愛し合うほど、その噂は飛鳥中に広まっていた。
宝大王は、母親として間人皇女を心配した。
難波派は、大王後継者として相応しくない行為だと有間皇子の心配をした。
逆に飛鳥派は、難波派を追い詰める絶好の機会だと色めき立った。
この一件ですぐさま重臣が集り、真相の把握と事態の収拾に努めるために、守大石君(もりのおおいわのきみ)・坂合部薬連(さかいべのくすりのむらじ)・鹽屋鯯魚連(しおやのこのしろのむらじ)が使者として立てられた。
3人は、さっそく豊碕宮に赴き、有間皇子に謁見した。
「有間様、昨今、飛鳥では有間様を貶めるような噂を立てる者がおりまして、その噂の出所を調べるように大王から仰せつかったのですが、有間様もそのような噂を御存知でしょうか?」
大石は、平伏して述べた。
「そのような噂とは?」
「有間様と前大后の………………間の事柄ですが………………」
大石たちは、それ以上話さない。
間人皇女は、陰からそっと事の推移を見守った。
「どう言った噂が立っているかは知らないが、私は間人のことを愛していますし、間人も私を愛してくれています。ただ、それだけのことです」
使者は唖然とした。
間人皇女も驚いた。
―― 有間皇子が、これほどはっきりと2人の関係を述べようとは。
「有間様、それは男女の関係があると思って宜しいのですね?」
大石は尋ねた。
「言葉のままです」
有間皇子は平然としている。
最早、全てを受け入れる覚悟なのだ。
「恐れ入りますが、我々は大王の使者でございます。我々に偽りを述べられるのは、即ち大王に偽りを述べられるのと同じです。有間様、もう一度、良く考えてお答え下さい。有間様と間人様の間には、噂に立つような関係はないのですね?」
今度は、鯯魚が尋ねた ―― 彼は難波派から派遣された使者であり、もし噂どおりのことがあっても、表沙汰にしないのが彼の使命であった。
「鹽屋連、私に二言はない。先ほどの言葉のとおりだ」
有間皇子は、はっきりと断言した。
間人皇女は胸が熱くなった。
大石と薬は、顔を見合わせ微かに頷きあった。
鯯魚は立ち上がり叫んだ。
「有間様は狂っておられる! 有間様は心の病なのです! 間人様の幻想を見ておられるだけなのです!」
それは、鯯魚の方が狂っているような勢いであった。
その鯯魚の行動に、誰もが唖然とした。
鯯魚は確りと有間皇子の肩を掴み、こう言った。
「有間様、あなたは大王なられるお方です。大王になられる方が、こんな噂を立てられては、中大兄に足下を掬われますぞ。良いですか、あなたが正統な王位後継者なのです。あなたこそ、我らの希望なのです。宜しいですね。あなたの体は、あなた自身ものではないのですよ」
「鹽屋連………………」
「あなたはご病気です。心の病です。そうなのです。だから、治療をする必要があるのです。宜しいですね。」
鯯魚は、有間皇子の肩から手を離すと、唖然としている二人の使者に向かって言った。
「噂のようなことはありませんでした、全ては、有間様の心の病が原因です。お二人は、飛鳥に戻って大王にそうお伝え下さい。私はここに残り、有間様の治療にあたります」
2人は、鯯魚の激しい言葉に従わずにはおられなかった。
その夜、鯯魚と有間皇子は激しく言い争い、間人皇女は涙にくれた。