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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第五章「盲愛の寺」 101

「羽林殿、昨夜は存分に楽しまれたかな?」

 翌朝、信長の意味ありげな問いに、

「はぁ……」

 と、家康は生返事。

 不信に思ったのか、信長は太若丸を見る。

 太若丸はにこりと頷く………………ここで、何もしていないと首を振れば、信長の接待を断ったということで、家康は不利な立場に陥るだろう………………今夜のために、借りを作っておくか。

「それは良かった。太若丸は天下一の床上手じゃ、今夜も存分に楽しまれい」

 家康は目を瞬かせていたので、笑いそうになった。

 裏で十兵衛に、

「首尾は?」

 と聞かれたので、申し訳ございません、昨夜は……、今夜こそ……と答えた。

 十六日の朝餉も、また豪華なものである。

「今朝もまた豪勢な」

 と、梅雪斎たちが目を丸くしている。

「十兵衛が、吟味に吟味をして選びぬいた逸品じゃ、存分に召し上がれい」

 梅雪斎たちは喜んで舌鼓を打っているが、家康は箸が進んでいないようだ。

「どうされた、羽林殿? 口に合わぬか?」

「いえ、決して左様なことでは」

 と、無理やり口をつけようとするが、ちょっと口をつけただけで箸を置く。

「やはり箸が進まぬようじゃな。どこか具合が悪いのか? それとも十兵衛が仕度をした飯はあわぬのか? それとも……、毒でも入っているとお思いか?」

「滅相もございませぬ」

 と、家康はご飯をかき込んだ。

「殿は普段は粗食で、斯様に山海珍味を散りばめた、豪華絢爛な膳を前にして、目を回しておりまして」

 と、家康の家臣である酒井忠次がその場をとりなす。

「左様であられたか、儂はまた十兵衛の仕度したものが口にあわぬかと思ったぞ。のう、十兵衛」

 末席に控えていた十兵衛が、

「徳川殿、ご安心くだされ。某が手配した膳も、今宵で最後。明日には坂本へと戻りまするので」

 と言った。

「おや、それは残念、惟任殿とは今宵が最後とは」

 梅雪斎は、ひどく残念がっている。

「十兵衛はな、中国へ行かせる、勘九郎を総大将として〝猿〟の助力にな。儂も、あとあとゆくつもりじゃ」

「大殿自らご出陣で?」

 梅雪斎の言葉に、信長は頷く。

「甲斐もそうであったが、此度の安芸とは天下分け目の大決戦! これを契機に、中国、九州まで平らげてやろうと思ってな、この月の終わりには、先陣に十兵衛、与一郎(長岡(細川)藤孝)、陽舜房殿(筒井順慶)、塩河伯耆守(塩河長満)、高山右近(高山重友)に中川瀬兵衛(清秀)を向かわせ、続いて勘九郎を、最後は儂も追って出陣しようと思っておる。四国も、三七(信孝)に、五郎左(惟住(丹羽)長秀)と津田坊(津田信澄)をつけて向かわせようと思ってな。北陸の修理亮(柴田勝家)もよくよく働いておるし、今年は天下泰平の年となりましょうぞ」

「斯様な大事な時期に、ここまで豪華な膳をご用意していただき、恐縮でござりまする」

「なになに、これも甲斐が斯くも早く治まったお陰、羽林殿と梅雪斎殿のお陰じゃ、斯様なこと造作もない。十九日には近衛殿も呼んでおる、惣見寺で幸若(こうわか)に、次の日には梅若(うめわか)に舞を舞わせるので、これも存分に楽しまれい。その後は、京、大和、大坂、堺にでも物見に行かれるかが良かろう」

「それは楽しみで」

「儂も、この末には出立するのが、中国へと立つ最後にもう一度宴席を設けよう。そうじゃな………………、京の本能寺はどうじゃ?」

「畏まりました」

 と、家康はこれを受けた。

「それで、日取りは?」

 梅雪斎が問う。

「うむ………………」、信長はしばらく考えたと、「一日はどうじゃ、来月の?」

「来月の一日……、六月一日で宜しいですね」

 信長は、はっきりと頷いた。

 運命の日が決まった。

 その夜も、家康は手を出してこなかった。

 できれば、今夜確実に決めて、十兵衛を安心して送り出したかったのだが、あまり焦っても良くないであろう。

 天下取りが目の前であるが、それこそ慎重でなければ。

「権太殿の言う通りです。日取りが決まりましたので、なお慎重でなければ。某も、吉田殿を通して帝への上奏を急いているところです」

 吉田兼見も、ことは慎重を有すると、織田家討伐の上奏を見計らっているそうだ。

「天下取りまであと少し、すべてが権太殿にかかっておりまする。あとはよろしく頼みます」

 と、十兵衛は坂本へと戻っていった。

 その大きな背中を見て、必ず家康を説き伏せてみせると、改めて決心した。

 十兵衛の背中 ―― いつも以上に頼もしい。

 その後も、安土では接待が続き、十九日には幸若大夫が舞の『大織冠』と『田歌』を、梅若大夫が能を演じた ―― 翌二十日に演じるはずが、幸若大夫の舞が早くに終わったので、急遽梅若大夫が演じるように命じられたが、急のことで仕度が出来ていなかったのか、かなりの不出来で、信長が不機嫌になってしまうという不測の事態が起きたが………………、この後予定になかったが、幸若大夫に『和田酒盛』を舞わせて、何とか信長の機嫌が戻った。

 こういう予定ないことが起きると、家康が警戒する………………まったく、やめてほしい。

 二十日は、惟住(丹羽)長秀、堀秀政、長谷川秀一、菅屋長頼らが接待役となり、家康らを持て成した。

 席上、家康らは明日大坂へ向かうという。

 信長は、案内役に長谷川秀一をつけ、四国渡海のついでだと信澄と長秀に大坂で持て成せと命じた。

 なるほど、今夜が最後か………………もう躊躇しておられないと、太若丸は背中を向けて鼾を掻く家康の股座に、そっと手を忍び込ませた。

 しばらく弄っていると、むくむくと大きくなっていく。

 うむ、不能というわけではないようだ。

 むしろ………………鼾が止んで、くぐもった息が漏れている。

 やはり狸寝入りだな。

 気は強い(陰茎が大きい)ようで、ならばと強めにぐいぐいと弄っていると、さらにさらにと大きくなる。

 しかし、これでも手を出してこない?

 そっと顔を覗き込むと、灯火の薄明かりに、頬がうっすらと上気しているのが分かる。

 獅子鼻からは、咆哮のように荒々しい息遣いが、体も、ときどきぴくりぴくりとさせているのだが、まったく知らんぷり………………まるで女を知らぬ小僧のようだ。

 警戒している?

 いや、もしかして………………?

 そんな訳はあるまい、すでに何人もの子をなしているのに。

 もしかして、いつも女に任せているのか?

 ならばと、太若丸は家康の大きな体を仰向けにひっくり返し ―― 抵抗しないということは、やはりその気があるのか ―― 襦袢の襟をはだけ、その引き締まった胸に舌を這わせた。

 男の躰が波打つ。

 まるで生娘のような仕草に、思わず噴き出しそうになったが、ぐっと堪えて、その小さい乳頭に吸い付いたり、舌先で転がしたりして、男の反応を楽しんだ。

 添えている手の中で、男の『無明火』がますます大きくなっている。

 そっと舌を這わせると、なお大きくなる。

 それを揶揄うと、びくりびくりと弾け、息も荒々しい。

 これはもしかして………………攻めるよりも、攻められる方が好きなのかな?

 いらぬことを思いついた太若丸は、分かってますよ、目を開けてください、もっと心地よい気持ちにしてさしあげますよと、耳元で囁いた。

 男は、うっすらと目を開ける。

 顔を覗き込み、にこりと微笑むと、男は恥ずかしそうに目を逸らした。

 うむ、そっちかな?

 太若丸は男に、うつ伏せになり、尻をあげてくれと幾分強めに言うと、意外にも素直に従う。

 やはりそっちだ!

 太若丸は、その大きな臀部の間に顔を埋め、菊花の窄みに舌を這わせる。

 ひくつくで臀部とともに、「くくくく、くくくく……」と、子猫のような鳴き声が聞こえてくる。

 あの獅子のような顔が、こんな声で鳴くとは、なんとも可愛らしい。

 太若丸には珍しく、ますます攻めたくなって、菊肉を十分ほぐすと、自らの『無明火』を火照らせ、唾を擦り付けると、一気に注ぎ入れた。

「あうっ!」

 と、雌猫のように叫んだ。

 ぐいぐいと攻めると、「あうあう」と鳴き跳ねる。

 これは意外に……、いや、滅法面白い。

 面白さのまま激しくしていくと、男は「はうううっ!」と果ててしまった。

 まるで生娘のようですね………………と、いたずらに笑うと、男は頬を赤らめ、恥ずかしそうに眼を瞬かせている。

 可愛くなって、抱きしめてやる。

 すると、男はまるで母に縋るように、ぎゅっと抱きつき、甘えてきた。

 もう一回するかと訊ねると、胸の中で頷く。

 ならばと、二度三度と付き合ってやる。

 とりあえず、これで太若丸に対する警戒心は消えたであろう。

 むしろ、こちらは房中での弱みを掴んだ。

 三回いかせたあと、太若丸は家康を抱きながら、全てのことを話した。

 家康は黙って聞いていた。

 話し終えて、彼はどうでるか………………しばし、子どものように親指の爪を噛み噛み考えていたが、やがて、

「一日はどうすれば良いか?」

 と、訊ねてきた。

 これで決まった!

 その日は、堺の商人衆が接待をしてくれる手配になっている ―― すでに十兵衛が手をまわしている ―― 信長には夕刻にでも使いを送り、斯様な事態になったので、二日に上洛すると伝えればよい、その夜に十兵衛が本能寺を襲撃し、織田家討伐へとうつる、家康は三河へと戻って東の要となっていただきたい、お帰りの際は何があるか分かりませぬので、警固をつけまする………………と。

 家康は静かに頷いた。

「それでは、某からもお願いがござる」

 何事かと問うと、帰還する道中に梅雪斎を始末したいという。

 何故?

 家康が、信長から疑われ、さらには命を狙われるようになったのは、梅雪斎の不要なひと言である、それに武田一門でありながら武田を売ったのだ、斯様な男を与力として抱えることが出来ようか、この機会に始末をしたいとのこと、それも十兵衛につく条件だという。

 もとより、こちらも梅雪斎の使い道はないので、太若丸はそれならと同意した。

 その後、もう一度もう一度と誘う家康の相手をして、夜が明けた。

 信長も性豪だが、家康もなかなかだな。

 去り際、ふと訊いてみた ―― 織田家への恩義は?

「ござらん」

 即答だった。

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