【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 27
大伴本家の警護について、はや半年近く。
寒い雨の中も、蒸し暑い夜も、今夜こそはと思って待ちわびていたが、その瞬間は一向に来なかった。
屋敷の戸という戸は、全て閉めきってある。
黒万呂の警護は、基本夜である。
夜だから寝ているのか? と思うのだが、だとしても一度も戸を開けることなく、じっと屋敷に閉じこもっていることがあろうか?
夏の夜であれば、夕涼みがてら蛍見物ぐらいしそうなのだが。
元来風流というものと無縁に生きてきた黒万呂だって、夜見張りをしながら蛍の光を見つけ、
―― 綺麗やな、こんな綺麗なもの、八重女と一緒に見たら、どれほど気分ええやろうな……
とさえ思ったものだ。
お蔭で、見惚れ過ぎて足を踏み外し、池に落ちそうになったが。
そんな夜でも、戸は閉じられたままだった。
他の見張りに聞いてみた。
他の日も同じらしい。
驚いたことに、昼も戸は閉められているそうだ。
「貴人の女やからな、そりゃ、下賤のワシらに顔なんか見られんようにするさ。ワシらなんか見たら、目がくさるやろう」
と、他の兵士は笑っていた。
「そやけど、どない顔なんやろうな?」
「そら、大伴さんの娘やで、べっぴんやろう」
兵士たちの会話を聞いて、黒万呂はひとり頷く。
―― 当然や、八重女やで、べっぴんに決まってるやろう。
「いや、意外に不細工かもしれへんで。それで表に出てこれへんのやろう」
という兵士もいる。
それを聞いて、他の兵士が笑う。
ぶっとばしてやりたいと思う。
―― せなわけないやろう、八重女やど!
それにしても、一度も顔を出さないなんて、ひどく心配だ。
何かの病だろうか?
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