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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 43

 戦以外でも、信長は騒がしい。
 つねに何事か考え、それの指示を出し、暇があれば弓や剣の稽古に明け暮れ、書籍に目を通し、ときにお伽衆を呼んで珍しい話に耳を傾け、舞いや能に興じる。
 思ったらすぐ行動しないと気が済まないようで、ある夜など、太若丸相手に数回したあとに寝ていたら、ふと起き上がり、
「御虎前山に行くぞ! 仕度をしろ!」
 と、うとうととしていた宿直の小姓を怒鳴りつけた。
 突然のことで小姓たちがもたもたとしていると、
「遅い!」
 と、また怒鳴りつける。
 陣内に、鵺のような甲高い声が響き渡るので、お傍衆や他の武将も、何事かと飛び起きてくる。
「殿、この夜更けに、何用で御虎前山まで?」
 と、慌てる近臣には目もくれず、鮮血のような真っ赤な合羽を身に着け、馬に乗ってさっそうと駈けていく。
 太若丸は横山に残ったが、のちのちお供をした小姓に話を聞くと、城取りの様子を見に行ったらしい。
 御虎前山では、築城を急いで職人たちが昼夜を問わずに働いていた。
 織田家臣の中で一番の働き者だといわれる藤吉郎も、流石に夜に殿が視察に来るとは思わなかったのだろう、仮眠をとっていたところを叩き起こされ、慌てふためいていたそうだ。
 藤吉郎から、城取りの状況を確認した後、職人や人足ひとりひとりに声をかけ、気が済んだのか、ふいと帰ってしまった。
 そして、太若丸とまたして、寝てしまう。
 が、翌朝にはいつも通り起きて、他の家臣を呼んで、ああだ、こうだと指示を出していた。
 よく疲れないと思う。
 逆に、殿の思いつきに振り回される小姓や家臣たちのほうが疲れているようだ。
 正直、太若丸も疲れている。
 信長は、床の中でも忙しない。
 毎晩のように求めてくる。
 それも一度では満足しないようで、何度もする ―― とくに、吸ったり、舐めたりするのが好きなようだ………………
 男という生き物は、戦場に出ると女というものを求めるらしい。
 今日明日死ぬという状況において、子孫を残さなければならないという本能だろう。
 足軽や下っ端連中は、近隣の村を襲って娘たちを浚ってきたりして、欲求を満たそうとする。
 人攫いある。
 乱取り ―― いわゆる略奪行為は戦場における常であり、戦術のひとつでもあり、それが目的で戦に参加する足軽連中もいた………………というか、大半はそれである。
 国主も、足軽連中の俸禄の代わりとした。
 が、あまりに狼藉が過ぎると、これを禁止しようとお触れをだす武将もいる。
 一方で、その兵たち相手に商いする女たちもいる。
 戦場において、兵たちに春を売る女たちを「御陣女郎」という。
 戦が起きると、その近くに仮小屋を造り、そこで将兵の相手をする。
 しかし、大将がこれをするわけにもいかない。
 女たちの中に、不逞の輩 ―― 敵の間者が混じっていて、寝首をかかれるかも知れない。
 だが、妻や妾を残し、今日明日やも知れぬ身、下半身が疼く。
 だから、手っ取り早く傍に使えるもの………………仕える者で用を済ます。
 小姓には、そのお役目もあった。
 だからといって、単なる性欲を満たすためだけの道具ではない。
 稚児灌頂と同じである ―― 僧侶が稚児と体を重ね、観音菩薩のご加護で煩悩の炎を消し去るとともに、子弟間の絆を強める行為である。
 小姓たちも、主人と体を重ねることで、一種独特の情愛 ―― 主人と小姓、ゆくゆくは重要な家臣となるのだが、その絆が強固なものとなり、強力な家臣団が生まれ、主人の地位が盤石となるのである。
 小姓とは、それほど大切な立場なのだ。
 その働きが悪いと、いかに寵愛を受けていようと、信長は平気で切り捨てた。

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