【歴史・時代小説】『縁切寺御始末書』 その一 おけいの一件始末 1
「満徳寺(まんとくじ)へは、この道でしょうか」
女が指したほうが、確かにそうであった。
年の頃は、立木惣太郎(たちき・そうたろう)より10歳はうえ —— 30前後、いや40前か。皺の跡が残る眉間に、目の下に浮かぶ隈、青白い陰ができた頬、薄紫色した唇、乱れた髪が汗で湿った額にべっとりとくっついている。
秋にしては、幾分温かかった。惣太郎もしっとりと汗を掻いてはいたが、女のそれは尋常ではない。随分な道程を歩いてきたか、走ってきたのだろう。
さては、この女も駆け込みだなと、惣太郎は理解した。
そうだと答えて、歩き出そうとした。
すると女は、
「もしかして、満徳寺の方ですか」
と尋ねてきた。
そうではないが、いずれそうなる。複雑な身分ゆえ、何とも答えづらい。仕方なく、「満徳寺へは参ります」と答えた。
「それでは、ご一緒してよろしいでしょうか」
野外で、女とふたりで歩くなど体裁が悪い。しかも、見ず知らずの女と。周りは稲の根株が点々とする白茶けた田に囲まれ、人家は間疎(まば)らであるが、誰が見ているとも限らない。この女も、自ら誘うなどどうかしている。しかし、無碍に断るのも大人気ないような気がする。
返答に困っていると、女はちらちらと後ろを様子見る。
「実は、その……」
追っ手を気にしているらしい。
惣太郎は諦めのため息を吐いて、ご勝手にと歩きだした。
女は、まるで親鳥の後を追うひなのように、ちょこちょことついてくる。
変な連れができたものだと、惣太郎は頭を掻いた。