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北風と太陽〜「対立」を超えた教育の可能性〜

 一般社団法人CAP高等学院の代表理事をしています佐藤裕幸です。CAP高等学院は広域性通信制高校である鹿島山北高等学校と提携しているサポート校で、高校卒業に必要な単位を所属する生徒さんに最適な形で取得をしてもらうためにサポートをする一方、時間割がないオンライン上の学校にすることで、生徒さんの情熱と才能を解き放ち、自分の在り方を考えてもらっています。
 そのCAP高等学院を運営しながら、他には増進堂・受験研究社の客員研究員として問題集の作問や編集などをしたり、青山学院大学地球社会共生学部の松永エリックゼミで、アドバイザーをしたりもしています。昨年は4月に刊行された『生徒一人ひとりのSDGs社会論』や10月に刊行された『学びとビーイング〜学校内の場づくり、外とつながる場づくり』に寄稿しました。また、今年度から東京にある上野学園中学・高等学校や岡山にある岡山理科大学附属高等学校など複数の中学・高校で「自分丸わかりチャレンジ」という講座をすることになりました。
 そして、11月18日からは広島県福山市にある英数学館で久々の現場復帰もすることとなりました。

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 僕のnote記事の中でも何度となく紹介している、水曜日開催の対話の会。昨日(2024/12/11)も参加しました。今回は「授業」をテーマに対話しました。その中でも取り上げられたICTや生成AIの活用について。今回は、その話題から僕なりに思ったことを気の向くままに書いていきたいと思います。


イソップ寓話「北風と太陽」

 皆さんは、イソップ寓話『北風と太陽』をご存知でしょうか?
この物語は、力ずくよりも穏やかな方法の方が効果的であることを教えてくれる象徴的な寓話です。北風が旅人のマントを剥ぎ取ろうと強風を吹きつけると、旅人はしっかりとマントを身に巻き付けてしまう。一方、太陽が暖かい光を照らすと、旅人は自らマントを脱いでしまう。この寓話には、単なる「力の使い方」以上の普遍的な教訓が含まれているように僕は思っていて、対話の中でも結構な頻度で、この寓話を話題提供として使っています。

 この教訓は、ICTや生成AIの学校現場での活用にも通じるものがあります。
 文部科学省の調査によれば、2022年度末時点で公立学校の教員の約85%がICTを活用した授業を実施している一方で、「ICTの活用に不安がある」と回答した教員も約40%に上るというデータが示されています。このような数字からもわかるように、新しい技術の導入に対する賛否は教育現場でしばしば議論の対象となります。

 実際、ICTや生成AIなどの新しい技術をどう活用するかというテーマでは、意見が大きく分かれることがあります。「時代の変化に適応し、生徒に必要なスキルを教えるべきだ」と主張し推進する方々と、「リスクを慎重に評価し、安易に導入すべきではない」と考える慎重なタイプの方々との対立です。このような二項対立を乗り越えるためには、どのようなアプローチが必要なのでしょうか?

教育現場における「北風」と「太陽」

 推進をする方々は「未来に対応するスキルを生徒に教えることが重要」と強調しますが、懐疑的な方々は「時代の流れだけでリスクを軽視してはならない」と慎重な姿勢を崩されません。時には意見が平行線を辿ったまま、一向に話が進まないと言う場面もありました。この対立は、イソップ寓話の「北風と太陽」を思い起こさせるものです。
 ただ、これらの意見は一見対立しているように見えますが、その根底には共通点があるとも思っています。それは「生徒を第一に考える」という思いです。

 ここで参考にしたいのが、心理学者ユングの提唱した「アーキタイプ(元型)」の考え方です。「アーキタイプ」とは、私たちの心の中に存在する象徴的なパターンのことを指し、ユングによれば12のアーキタイプがあるとされています。この12のパターンはさらに「精神タイプ」「レガシータイプ」「安定型タイプ」「繋がりタイプ」という4つのカテゴリーに分類されます。

 特に興味深いのは、一般的に対峙すると思われるアーキタイプが同じカテゴリーにまとめられている点です。たとえば、「何かしらのレガシーを残したい!」と願うビジョン主義なタイプは「レガシータイプ」に分類されますが、このカテゴリーには「英雄(Hero)」と「はみだし者(Outlaw)」という、一見正反対に見えるタイプが共存しています。また、安定した仕組みを提供することに長けた「安定型タイプ」の中には、破壊的イノベーションを得意とする「創造者(Creator)」も含まれます。これは、私たちがしばしば二項対立的に捉えがちな概念が、実は同質性を持つ可能性を示唆しています。

 このアーキタイプの考え方を教育現場に当てはめると、推進する方々と懐疑的な人たちも、実は「生徒の未来を見据えた教育」という同じカテゴリーに属していると考えられます。両者とも、生徒の成長や成功を願う思いが根底にあることに変わりはないのです。

 では、どうすれば推進している人たちの意見が懐疑的な方々にとって「北風」ではなく「太陽」に感じられるようになるのでしょうか?また、その逆に、懐疑的な人たちの懸念が推進する方々にとって「太陽」として受け入れられるにはどうしたら良いのでしょうか?アーキタイプの理解には、対立を超えて協働するための重要なヒントが隠されています。

対話を通じた新たな視点の創出

 推進派と懐疑派の対立を乗り越えるためには、対話を通じてお互いの視点を理解し、新たな共通の視点を生み出すことが重要です。しかし、多くの議論が平行線をたどる背景には、現状維持バイアスの影響があると考えられます。このバイアスは、変化を避けるために現状を過大評価したり、変化のデメリットを過大に見積もる心理的傾向を指します。一方で、現状維持には確かに安定性や安心感といったメリットも存在します。
 また、未来への変化がもたらす可能性の中には、機会損失や新たに生じるリスクがあることも無視できません。これらの要素を踏まえ、現状維持を望む懐疑的な人たちと変化を好む推進する方々が対話を通じて得られる新しい視点を創出するための具体的なステップを以下にまとめました。

ステップ1:前提条件の共有と整理

 双方が抱えるメリットや懸念を改めて洗い出すことから始めます。推進派は変化によるメリットや可能性を示し、懐疑派は現状維持の安心感や変化によるリスクについて共有することで、議論の前提条件を整理し、相互理解の基盤を築くことが重要です。

ステップ2:現状維持バイアスへの気づき

 現状維持を望む理由が「大間違いの思い込み」ではないかを冷静に検証します。「変化は不安だが、それは既存の仕組みが完全だと思い込んでいるからではないか?」といった問いを投げかけ、各自が自身のバイアスに気づく機会を設けます。これは決して、現状維持が悪いということではなく、場合によっては立ち止まる重要性も同時に気づくことができるからです。

ステップ3:変化による新しい視点の具体化

 変化を推進する方々は、変化によって得られる具体的なメリットや改善例を示し、懐疑的な人たちが漠然と抱いているデメリットを具体化します。たとえば、「ICT導入後の授業で生徒が主体的に学び始めた」などの実例を紹介することで、変化がもたらす可能性を共有します。さらに、メリットだけではなく、ベネフィットも共有することが重要です。変化を受け入れることで、これまで慎重に考えていた方々にどのようなベネフィットが生まれるのか?単に生徒たちのためという観点だけでなく、慎重に考えていた先生方が得られるものも丁寧に説明する必要があります。

ステップ4:機会損失とリスクの具体的分析

 推進派と懐疑派が一緒に、変化しなかった場合の機会損失や変化後に生じるリスクを具体的にリストアップします。これにより、変化のメリットとデメリットを比較可能な形にすることで、議論が建設的になります。ここでとても重要なことは、お互いがそれぞれのリスクを出すのではなく、あくまでもともに考えることです。相手の立場に立って考えることで、自分の立場とは異なる考えも理解できるようになります。

ステップ5:小規模な実験的取り組み

 両者が納得できる範囲で小規模な取り組みを実施します。たとえば、ICT活用授業を一部のクラスで試行し、得られたデータや生徒の反応を共有する場を設けます。授業後のアンケートを生徒たちに実施し、その結果を共有するのも良いでしょう。これらにより、実践から得られるリアルなフィードバックを基に対話が進みます。新しいことを導入する際の生徒の反応は重要な要素となります。生徒たちの中でもICTやAIの活用に不安を感じることが出てくれば、それもまた対話をする際に重要な要素となってくるはずです。

ステップ6:成功体験とフィードバックの共有

 小規模な取り組みから得られた成果や課題を両者で共有します。成功体験を広げるとともに、懐疑的な人たちが指摘したリスクやデメリットが実際にどの程度顕在化したのかを具体的に検証します。そして、その検証は単にICTやAI活用のみにとどまらず、授業そのものの見直しにつながってくるはずです。

ステップ7:継続的な対話の仕組み化

 一度の対話や取り組みで終わらせるのではなく、継続的に情報共有と改善の場を設けます。これにより、新しい視点を維持しつつ、さらに良い教育実践へと進化させていく基盤を構築します。対話自体を仕組みに入れてしまうことも、長期的な視点で見れば重要な要素となります。
 こうしたステップを段階的に進めることで、「北風」と「太陽」のような二項対立を超えた新しい教育の可能性が生まれるのではないでしょうか?

「出会い」を通じた変化の可能性

 僕自身、多様な価値観に触れることで変化を実感してきました。かつて「高校生×大学生×社会人 オフラインによる究極の“才能と才能の物々交換”」というワークショップで、社会人と中高生が対話する場を設けた際、社会の多様な現実を知ることで生徒たちは自らの進路を真剣に考えるようになりました。年齢も立場も住んでいる場所も異なる人たちが語り合う場では、二項対立的な発想で対話は生まれません。このような取り組みを通じて、「自分は今、北風になっていないか?」と考えることもできるようになり、さらに教育の可能性も大きく広がると確信しています。

最後に

 「北風」と「太陽」の寓話は、教育現場における対立を乗り越えるヒントを私たちに与えてくれていると思っています。対話を基に共通のゴールを理解しあい、両者の意見を補完することで、生徒たちの新たな未来を作り上げることにも寄与できます。そしてその対話は、教員たちの間だけでするのではなく、保護者も含めた周りにいる大人たちに、広い視点での議論と協力が求められます。

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