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不美人の一発逆転?★オペラシアターこんにゃく座「末摘花」

 平安時代の恋愛小説ともいえる『源氏物語(げんじものがたり)』で、美男美女が登場する中、最も美しくない女性として描かれるのが「末摘花(すえつむはな)」である。末摘花は皇族の姫君であり、その噂を聞いた光源氏(ひかるげんじ)が一夜を共にするが、翌朝、その顔を見て驚いた、という何とも失礼な話である。だが、末摘花は一途に光源氏のことを思い続ける――。

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公演チラシより 

 オペラシアターこんにゃく座によるオペラ公演「末摘花」が、俳優座劇場(東京・六本木)で上演された(2020年9月10日)。紫式部(むらさきしきぶ)の代表作『源氏物語』の「末摘花」を題材に、新たな解釈を加えた作品(原作は榊原政常「しんしゃく源氏物語」)を、こんにゃく座メンバーの大石哲史(さとし)が演出。今回委嘱(いしょく)を受けた作曲家の寺嶋陸也(てらしま・りくや)が音楽と歌を作曲し、自らピアノも担当している。

 こんにゃく座は、宮沢賢治などの日本文学や海外の戯曲を題材に、オリジナルの歌や音楽を作曲し、日本語によるオペラで上演している。大掛かりなオペラではなく、芝居も達者な”歌役者”が、ピアノ伴奏や室内楽の音楽で歌うのが特徴である。

光源氏に一途に恋する姫君

 末摘花は、常陸宮(ひたちのみや)という皇族の娘で、身分が高かったが、父親を失ったことで家は没落。収入が途絶え、残った財産で食いつなぐなど、生活に困り果てていた

 そこに不遇だが琴(きん)を弾いて奥ゆかしく暮らす姫君がいるという噂を聞きつけ、興味を持った光源氏は、末摘花と恋仲になろうとする。だが、実際に会ってみると、世間知らずな振る舞いと反応の乏しさ、その容貌に落胆する。

 末摘花とは別名、紅花(べにばな)のことで、鼻の先が赤かったことから”紅(あか)い花”にちなんで、そう名付けられた。鼻が大きく、体はやせ細り、黒い毛皮という流行遅れのファッションを身に着けていた。光源氏が唯一心惹(ひ)かれたのは、長くてきれいな黒髪だけだった。作者の紫式部は、なぜこのような人物を『源氏物語』に加えたのだろうか?

 末摘花は、一度きりの出会いだったにもかかわらず、光源氏のことを思い続けていた。一方、光源氏は、末摘花のことを不憫(ふびん)に思い、生活の足しになるようお金を支援していた。

 だが、そんな光源氏も京の都から須磨(すま)(現在の兵庫県)に流されてからは、末摘花のことをすっかり忘れ、経済支援も途絶えていた。末摘花は、再び生活に困窮(こんきゅう)した。

女性だけで描く人間模様

 今回の舞台は、京の都に暮らす末摘花が、須磨にいる光源氏からの便りを待ち続けている場面から始まる。だが、光源氏からは一通の手紙も届かず、お金の支援もない。貯金を切り崩し、着物を売りながら、生活をつなぐ日々。苦しい生活が続き、末摘花が暮らす屋敷は、荒れ果てていた。

 舞台上に設けられた舞台セットは、末摘花が暮らす屋敷。寝殿造(しんでんづくり)の立派な構えだが、柱や屋根が傷み、雨漏りしている。修理するお金もなく、荒れ果てている。この屋敷を舞台に、最後まで物語が展開する。

 舞台に登場するのは7人で、全員が女性。平安時代の貴族らしい衣裳(いしょう)に身を包み、末摘花と、その屋敷で仕える侍女(じじょ)(使用人)たち、末摘花の叔母(おば)を演じる。

 侍女たちは、収入のメドも立たず財産が底をつくのも時間の問題という末摘花を、いつ見限るのか、それとも仕え続けるのか、揺れている。末摘花が光源氏と結ばれればお金持ちになるというシナリオもあるが、光源氏にまったく相手にされていない様子に”あきらめムード”。女性たちの思惑が交錯する中、ピアノの音楽にのせて、それぞれが心情を歌い上げる。

https://www.youtube.com/watch?v=gDY9TiTSs9w
こんにゃく座 オペラ『末摘花』ダイジェスト 光組
オペラシアターこんにゃく座

 屋敷を訪れた叔母の「人間、あきらめが肝心やわ~♪」という歌の言葉が、強烈に迫ってくる。一通の便りもよこさない光源氏を待ち続ける末摘花に、叔母は”現実を見ろ”と説得にかかる。

 末摘花の叔母は、受領 (ずりょう) という地方官の妻で、身分は低いが、お金がある。お金に困った末摘花を見かねて、夫が赴任する筑紫(つくし)(現在の福岡県)に使用人として付いてくるよう提案するが、末摘花は拒み続ける。

 末摘花にとっては、屋敷に住み続けることが、光源氏が京の都に戻ったときに再会する唯一のチャンスなのである。それよりも現実を見ろ、と執拗(しつよう)に訴える叔母の言葉が、強い説得力をもって響く。

現実的な選択か、夢をあきらめないか

 現実的な選択を迫る叔母と、夢にすがりつく末摘花。この2人の対立が、音楽的にもリズミカルに関西弁でまくし立てる叔母と、まったりと夢見心地の末摘花といった形で、全体の強い求心力となっている。夢と現実、どちらが正しいのか、観客も自然と議論の渦に巻き込まれていく。

 叔母の生き方は現実的。だが、”皇族でありながら、現実のお金(高収入)に目がくらんで受領の妻になり下がった”と、末摘花の母親に見下された過去がある。そのことを恨んでおり、立場が逆転した末摘花に対し、威圧的に振る舞う。さらに、屋敷の調度品を狙ってもいる。

 舞台前半の終わりでは、光源氏が須磨から京に戻ったという報せが届く。末摘花と侍女たちは喜び、再訪を期待して胸を高鳴らせる。

信じ続けた先に見えた光

 しかし、休憩をはさんで後半の冒頭では、屋敷が一層荒れ果てている。年月が経過し、状況が悪化していることを示す。京に戻った光源氏からは、何の連絡もなく、紫の上と仲良くやっているという噂まで聞こえてくる。

https://www.youtube.com/watch?v=UG3uPRJ-tow
こんにゃく座 オペラ『末摘花』ダイジェスト 紫組
オペラシアターこんにゃく座

 侍女たちは次々と去り、末摘花のもとに残ったのは、長年仕えてきた乳母(うば)のみ。だが、その乳母も、実の娘が末摘花の叔母と一緒に筑紫へ行くと聞き、揺れる。これ見よがしに叔母が、末摘花に詰め寄る。

 それでも、光源氏との再会を信じ続ける末摘花。もはやこれまでかと思った瞬間、誰かが屋敷を訪ねてくる。それこそ、光源氏であった。

 舞台は、そこで終幕。光源氏は登場しないが、光に向かって末摘花たちがスローで駆け寄る幕切れのシーンが、その後の明るい未来を示す。それは、長く暗いトンネルを抜けた先に見えた光のように、希望を持ち続けた末摘花が、ようやく報われた瞬間であった。

 『源氏物語』の続きでは、光源氏が偶然、荒れ果てた屋敷の前を通り掛かって思い出し、待ち続けていた末摘花の一途な心に感嘆する。その後、光源氏は、末摘花の屋敷の手入れをさせ、身の回りの品々も送った。のちに妻の一人に加え、二条院の東の院に住まわせた。

 ここにきて末摘花への見方は、がらりと変わる。強き信念の女性であり、欠点は美点に。末摘花が着ていた時代遅れの黒い毛皮は、父譲りの服で、屋敷も誇りも守り抜いた。ここからは勝手な妄想だが――鼻が赤かったのは、お金がなく暖房にも事欠き、光源氏を気遣って自分は寒かったから?現代なら鼻高の美人?――紫に近い紅、紅く燃えるような女性の芯の強さを感じた。


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