高校生とデザイン思考#3 先生の思い
富山商業高校(通称:富商)で制服をテーマにデザイン思考の授業を始めて、実際に新しい制服のプロトタイプをお披露目するファッションショーをしたところまで#1と#2で紹介しました。
今回は富商でデザイン思考の授業を担ってきた二人の対談をお送りします。
登場人物
富山県立富山商業高等学校 安田 隆教諭
副校長としてデザイン思考を授業に取り入れる。2023年3月に退職し、引き続き富山商業高校の教諭として、課題を発見し、新たな価値を生み出し、社会を変革していけるチェンジメーカー育成の教育を実践している。
hyphenate株式会社 代表取締役 平田 智彦
課題解決ではなく発見ができる生徒が必要。デザイン思考を教育課程に取り入れる
ーーなぜデザイン思考を教育課程に取り入れようと思ったのでしょうか。
安田:
日頃生徒たちと接していて、これからは課題解決ではなくて、その発見ができる生徒が必要だと思っていました。産業界でもそうした人材を求めているという記事をいくつも読 む中で、その育成に一番適しているのがデザイン思考だと思ったのです。 それで教育課程の中にデザイン思考の授業を入れたいと提案しました。 新たな価値を生み出せる人材育成を学校のパーパスとして掲げ、問いを立てる力を3年間で育てていきたいと。
そうした考えもあり、デザイン思考が授業に取り入れられる前から、3年生で「課題研究」という授業をしていました。ですが、3年生でいきなりその授業をしても効果が出づらいのではないか、という課題を感じていました。なので、デザイン思考の授業をするなら1年生から始めて、いろんなことを考えて思考力を鍛えたいと思っていました。
ただ、他の先生たちは当初「え?なんだよ、デザイン思考って。」という感じだったのではないかと思います(笑)。
平田:
僕はデザイン思考を通じて、誰もが持つ創造力を最大限に引き出したい、そしてその創造力をもってビジネスあるいは社会に新しい価値を生み出してほしい、と思っています。この思考体験の若年化が必要だ、という話を2021年ごろに当時経産省にいた友人と話をしていて、そこから富商でデザイン思考の授業をしないかということになったのです。それで安田先生とお会いすることができたんですよね。
生徒にとって身近な「制服」を授業テーマに設定
ーー授業を始めた頃の生徒たちの反応はどうでしたか?
平田:
初めての授業のとき、生徒たちは副校長と経産省の人とデザイン会社のオヤジたちが難しそうな授業を始めるなー、みたいな雰囲気だったんですよね。全然刺さっていなかった(笑)。
授業後、先生方と話をしていた時に、制服の刷新を検討している、という話題が上がったんです。僕はこれだ!って思ったんですよ。「制服」という生徒にとって身近なものを授業のテーマにすると、生徒たちはもっと反応するだろうと。富商は生徒全員がクラブ活動に参加していて、しかも全国レベル。学校外でも制服を着る機会が多いはず……。そんなことを考えながら、次の授業の時に生徒たちの制服を見たら、1年生だけでなく、2年生も3年生もぶかぶかだったんです。それでまた僕はピンときて。この辺をちょっとプロトタイプでついていけば面白い授業になるだろうと。
そこで安田先生に制服をテーマにするのはどうでしょう?って聞いたら快くOKしてくれて、制服をテーマにしたデザイン思考の授業が始まったんです。
事実を集め、プロトタイプから入る授業
ーー授業はどんなことから始めたのでしょうか?
平田:
まずは生徒たちの制服に対する不満を、事実として集めることから始めました。
こうした意見をはじめ、それそれはたくさんの声(笑)が集まりました。
一方で、先生方からはスカートが短いと不良に見える、地域の方が不安になるかもしれない、といった声もありました。
また、生徒たちに理想の学校の制服はどこかと聞いてみたのですが、これはあまり出てこなかった。そこで当社の若手社員に可愛い制服の学校を聞いてみたところ、東京成徳大学高等学校の制服を教えてくれたので、それを比較画像としてプロトタイプに使うことにしたんです。
次の授業では、東京成徳大学高校と富商の制服を対比したプロトタイプの画像を生徒たちと先生方に見てもらいました。
平田:
授業に参加されていた先生方にその場で聞いたんです。
「富商はなんでこんなにスカートが長いんですか?」
「成徳高校の制服を着ているこの生徒は富商より短い丈のスカートだけどこの子は不良に見えますか?」
「なんで富商は白い靴下履かなきゃいけないんですか?」
って。
そして、「どちらの高校が偏差値が高そうに見えますか?」聞いたら成徳の方だと。先生方は苦渋の回答という感じでしたが、僕としてはもらったな、と思いました(笑)。
もう一つ、以前から気になっていた制服のサイズ感。なぜこんなにぶかぶかなのかを聞いたら、生徒も先生も「成長するから」と言うんです。確かに1年生は成長を見越してぶかぶかかもしれないけど、実際は3年生もぶかぶかなんです。僕らの時代は高校で成長してたかもしれないけど、今の子たちは中学が成長のピークで、高校ではあまり成長しない生徒も多い。だったらタイトでもいいじゃないですか。こうして紐解いていくと、先の授業で上がった生徒たちの不満の根源は、制服そのものではなく「制服のサイズ感と校則」にあるということが見えてきたんです。そんな風に、事実と分かったこととを組み合わせて、生徒や先生が自ら気づくように促しました。
ーー制服の丈やサイズ感を安全ピンで留めただけの制服のプロトタイプを生徒に着用してもらって検証しました。プロトタイプを使うことの有用性はどのあたりにあるでしょうか?
安田:
「余白」を残しながらやってみる、というのは、生徒たちにとってとてもわかりやすかったのかなと思います。 意見も言いやすいですよね。プロトタイプがあるからみんなでそれを見て、良い点も悪い点も、それ以外のプラスαの点も言いやすい。普段の授業では、われわれ教師は生徒を当てて正解を聞くので、生徒は正解を言わなきゃって思っているかもしれません……。生徒たちは正解がわからないと自分の意見が言いにくい。でもプロトタイプを前に、正解のないものについてああでもない、こうでもない、と話したことは、生徒たちはとても楽しかったようです。喋りやすい状況で、いろんな意見を言い合って新しいものができていく過程が楽しかったと言っていました。
ーー授業を通して生徒たちの変化はありましたか?
平田:
何度目かの授業で、アルミホイルを使ったワークショップ(ICE BREAK ZOO)をしてもらったんですが、これをきっかけに発言してくれるようになったと思います。
安田:
そうですね。こんな発想をしてもいいんだ、こんなことを言ってもいいんだ、というのが生徒たちの自信になったのではないかと思います。生徒たちの発言に対して、平田さんがすごく認めて褒めてくれましたよね。それもあって、その後もいろんな場面で自信を持って発言することができているんだと思います。
平田:
このワークショップは「あなたを動物に例えると?」をアルミホイルで表現するというものですが、誰も予想していなかった「犬」を作った生徒がいましたよね。あんな発想の生徒が生まれてくると日本はものすごくクリエイティブな社会になるなって思いますね。
固定概念を外すことが常習化
ーーその後の授業でプロトタイプを作ったり意見を言い合ったりすることはありましたか?
安田:
あるクラスはTOMI SHOP*2花屋さんを仕入れ先としてお店を出したのですが、普段観葉植物に馴染みのない人たちに興味を持ってもらうためにはどうしたらいいか?と考えて、観葉植物そのものを紹介するのではなく、「観葉植物があるとこんな生活が楽しめます」といった、購入した先にもたらすものをチラシにして来店者に提案していました。
「バイアスを外す」ということが響いているのかと感じています。「普段から自分たちには思い込みがある」と、授業で平田さんが何度も事例を出していましたよね。それを外さないと新しい発想が生まれてこない、ということを多くの生徒たちが授業の振り返りシートに書いていました。
平田:
オープンハイスクール*1や同窓会などの場で新制服案に投票してもらって、中学生や保護者の方々、卒業生などあらゆる角度から意見が聞けたのも良かったですよね。TOMI SHOPでは新しい制服のファッションショーをして来場者の意見を聞いたり、取材が入ったりして、生徒たちにはいい機会になりましたね。
*1 富山商業高校が主催する中学生向けの学校案内のイベントのこと。
*2 企業経営の学習のための生徒販売実習
安田:
はい、幅広く意見がもらえましたし、みんなが自分事になりましたよね。中学生も自分事として捉えて、それが志願者数に影響してくると良いですね。
TOMI SHOPでの制服ファッションショーの様子はこちら(本記事冒頭にもリンクがあります。
ーー授業で制服をリニューアルすることに反対する先生はいなかったのでしょうか?
安田:
制服を変えることが、今の富商にとって良いのか、それとも悪いのか。これは答えがない、正解がない問いですよね。その中で、生徒が「スカートを短くする」など安易な考えに走っていかないか、と考える教員はいたと思います。
ただ、デザイン思考の「本質を考える」という点について、他の教員には何度も説明させてもらいました。たしかに不安に感じている教員はいる。でもその反面、これから生徒が減少していく中で、制服という存在が中学生にとって学校選びの重要なポイントになっていると感じている教員もいました。30年変化のなかった制服が変わることによって、学校への応募状況や倍率に影響を与える材料の一つになると感じている教員もいると思います。
ーー生徒たちだけではなく、先生や学校全体にデザイン思考が広まりつつあると聞きました。
安田:
私たち教員のなかでも、「バイアスを外すことが大切だよね。」というような会話が普段の話し合いや会議でも出るようになりました。今までの会議だと、
「今まではどうしてた?」
「去年はこうしたから今年もそうしよう。」
といった具合に決まることが多かったように思います。過去にならうのって楽ですよね。だけど、そうじゃなくて新しいことにチャレンジしてみよう、という雰囲気が学校全体に出てきていて、新しいことに対しての抵抗感がなくなってきているように感じることがあります。誰かが提案したことに対して、
「とにかくやってみよう!」
「ダメだったら修正すればいいんじゃないか。」
っていう雰囲気で、チャレンジするハードルがすごく下がってきていると感じます。
部活動では、今までも高い目標を持ってチャレンジしようという雰囲気が当たり前にあったんですが、それが最近勉強にも伝播しています。勉強も一緒じゃないか、毎日積み重ねながらいろんなことにチャレンジしていこうよ、と。勉強でも部活動でも、自分を伸ばすためにどんどんチャレンジしよう!という雰囲気が学校全体に広がっているように感じています。
デザイン思考はもう古いのか
ーーこれまでデザイン思考の授業を振り返って、デザイン思考への期待について伺ってきましたが、相反する考えもあるんでしょうか?
平田:
世の中にはデザイン思考はもう終わってる、っていう人もいるんですよね。安田先生はこういう意見に対してどう思われますか?
安田:
デザイン思考って、問いを立てて、自問自答しながら、人にも問いかけながら、何が本質なのかを見極める、という点が一番重要だと思っています。私たちが自分自身の人生を生きるなかでも、自分の強みは何か、将来どうしたいのか、何が本質で何が大切か、を考えながら自分の立ち位置をアピールして人や社会と関わっていく。デザイン思考は、このプロセスの本質を見極める、問いを立てるという点で重なると思うので、私は終わっているとは感じていないです。
平田:
昔のデザイン思考はどちらかというと問題解決型だったと思うんです。
例えば事実を集めるとしますよね。そこから答えを導き出すのではなくて、気づきを得てインサイトしてそこから次のステップを考えていく、そんな風にデザイン思考も進化していると思います。答えを導き出すものではなくて、もっと感情的なものがミックスされるようなものになってくるんじゃないかと。
人間の本質を探求して幸福に繋がる点を見出していくというのはデザイン思考が合ってるのかなと思います。もともと定量的に考えていく思考方法じゃないですからね。直感とか気づきとか、それこそ模倣から新しい価値を生んでいくものでもあると思いますね。
人の意見を聞くのが楽しい
ーー最後に授業の総括や平田へのコメントがあればお願いします。
安田:
平田さんからは、私が考えもしない発想が出てきて、生徒とキャッチボールしながら「こういうのはどう?」とどんどん新しい切り口が出てくるんです。私たち教員の中ではその切り口は思いつかないので驚かされることが多かったです。
生徒たちはバイアスを外して、新しいことを考えることを楽しんでいます。
授業を通して、何を言っても良いんだという心理的安全性も高まったと感じています。これを言ったらどうなんだろう、どう見られるんだろう、といった感情も薄れてきているのかなと。最初は硬かったけど、だんだん楽しそうに喋る雰囲気が出てきて、それによって良い意見が出てきて、更に全く違う意見が出てくる。生徒からは、それが面白い、人の意見を聞くことが楽しいし人と話をすることが楽しい、というコメントもあって、教員としては嬉しいですね。