素晴らしい名刺の本

名刺。最少のスペースで生み出されるグラフィックデザイン。
名刺の本は、世界中からいろいろ出ている。主に作品集としての本が多いが、先日、決定版とも言える本を見つけた。
『成功する名刺デザイン』(講談社)というのが、それ。
著者は長友啓典さんと野地秩喜さん。

『長友啓典』と聞いてハッとする方は、きっと素晴らしいデザイン感性を持っている。
古くは雑誌『写楽』のアートディレクター、最近では、大阪のFM802のクリエイティブディレクターとして知られるが、もっとハッキリ書くと、デザイン会社『K2』の2大巨頭のひとりだ。
長友啓典さんは、私の尊敬するグラフィックデザイナーのひとりでもある。

彼が作ってきた名刺を、その制作姿勢から、手法、考え方までを、実際に作ってきた名刺のグラフィックを掲載しつつ、一冊にまとめたのが本書だ。

この本は、今まで世に溢れてきているどんな名刺デザインの本よりも優れている。
それは、制作者である長友啓典さんのデザイン思想が名刺の本質、存在論と直結している様が、生き生きと描かれているからに他ならない。

そして、極めつけは、この本から立ち上る“デザイン論”である。
長友さんは、名刺の制作手法を通して、自分自身のデザイン思想を語り尽くそうとしている。

私が昔から彼のデザイン認識に心から共感する部分でもあるが、重要なところを引用したい。

『亀倉先生が篠山紀信の写真集をデザインしたとする。するとそれは紀信の写真集ではなく、亀倉先生の作品になってしまう。ところが僕が紀信の写真集をデザインすると、そこに現れるのはやはり紀信の作品なんです。つまり、僕は自分が出てしもたらアカンというのが信条です。風のように引いてこそ意味がある。自分が引いて、相手を出すのが僕のデザインです。引いて引いて、ついには風のように去ってしまうデザイナーを目指したい』(同書138頁)

この本を購入した書店では、“自分が出ていないとデザインではない”というようなことを言ってのけるデザイナーの著書がすぐ横に置いてあったが、その考え方とまったく対極を成す考え方だ。

私は、この長友さんの考えるデザインが、とても性に合う。

といっても、この本『成功する名刺デザイン』は、書名が信じられないくらいベタベタで、ブックデザインも、長友啓典さんの考えとはこれまた対極にある“くどい、しつこい”デザインなのは、どうしてだろうか。
そこはちょっと謎だが、まあ、いいか。

この本は、デザイン論と名刺デザイン集が一体化しつつ、ひとりのデザイナーの生き様までが表現された一冊だ。

Nori
2008.05.12
www.hiratagraphics.com