![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/60762987/rectangle_large_type_2_80139e500798e9e7d2202c6d3791a4a8.jpg?width=1200)
生き生きと生きる
若い頃、
声の出し方がよくわかってなくて
歌っては声を枯らしていた。
最近は
しっかり声の出し方を身につけたので、
風邪でもひいていない限り、
どんなに大きな声や
高い声を出しても
声を枯らすことはなくなった。
今、最近のあまりに大人しい毎日、
子どもを見守り、
親を見守り、
静かに、穏やかに、
待つ時間が多い。
タイコを叩いて、街中で叫ぶこともなく、
ウクレレで癒しの時間を装って、
筋力がめんどくさくなって、
胸がこわばって、
心動く、能動性、受動性がめんどくさくなって。
で、
車を運転する帰り道、
僕は僕の詩を
大きな声で叫んだ。
音程も、正しい歌唱法もない。
それどころか、
喉を枯らして、潰してやろうと。
間違った叫び方をした。
そうしないと、
胸が震えないんだ。
物理的にね。
マッサージされないんだ。
人気者のプロ歌手が、
毎日ファンのために歌うなら
喉はいつも安定して歌えるように、
負担をかけるべきではない。
ファンがいようといまいと、
僕だって、心地好い声で歌えることが、
何よりも生きることだと、
酒とかやり過ぎた時に
いつも反省する。
でも、
まぁ、酒が止まらないかんじかな?
あとで後悔するにしても、
今回は声を潰したかった。
胸を緩めたかった。
緩んだかどうかわからないけど、
家に着く寸前、
いろいろな想いを思い出して、
子どもも親もシカトして、
文を書いている。
3.11の後だっただろうか。
それよりも前の想いだろうか…。
あ、思い出した!
ずいぶん昔、
環境問題と「エコ」という言葉が流行り出した頃。
たき火が犯罪になった。
それと、
「太陽の下に長時間いることは
健康に悪い」ということが
公式の常識となった。
それまでは、
「太陽の下に出て、
たくさん時間を過ごすことが健康。」
と言われ、
それを信じてたし、
それが楽しかった。
なんか、
僕にとってだけかもしれないけど、
生き生き生きることに
どんどん規制がかかってきているような
氣がしてたんだ。
地球がもし、
「ガスマスクしないと生きられません」
という地球環境になったらどうしよう。
と考えたんだ、あの頃。
そして、
ガスマスクして生き延びても、
生きてる感じがしない
と想ったんだ。
生き生き生きる人として生きられる環境で生きて、
もしそれが叶わない世の中になったら、
死ぬべくして死んだ方が
生きてる感じがする。
と想った。
今はなんだ!?
マスクしないと生きられない世界?
マスク外したら死ぬかもしれない。
でも、
あの頃想った感覚を
思い出した。
マスクしないと生きられない世界で
自然に、裸で生きられないんなら、
そこまで生きることが、
生きるってことじゃないかと。
服を着ることには慣れた?
部屋で一日中過ごす生活に慣れた?
生活習慣病には慣れた?
薬にも、注射にも、病院通いにも、
政府にも、戦争にも、我慢にも
慣れた?
そこで何に成ろうと想う?
その先の理想がハッキリとしているなら、
我慢も一つの歩みになるかもしれない。
生き生きと生きている。
その道で死を迎えるかもしれないことは
とても生き生きとしていると想う。
そう想ったことを
思い出したんだ。
いいなと思ったら応援しよう!
![ウクレレ平魚泳](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9209125/profile_da6242cfe66a067196f14915b89a95ca.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)