20240910 サハリンへ、サハリンへ、サハリンへ
「モスクワへ!モスクワへ!モスクワへ!」というのは言わずもがな、チェーホフの『三人姉妹』の台詞である。地方都市で誰もかれもが旅立っていくのを見送りながら、たぶん彼女たちが生涯戻れることはないだろうモスクワへの想いを口にする、有名すぎるシーンである。山の上の夏が終わり、旅立っていく人たちを見送る機会が増えると、いやおうなく『三人姉妹』のことが心に浮かぶ。
▼旅立つ人たちにお別れをして、姿が見えなくなるまでずっと手を振る。それまでの賑やかさが嘘だったみたいにすこしずつ寂しくなっていく。それが百年以上前のロシアであれ、現代の日本であれ、人の営みのなかの「誰かがいなくなると寂しい」という笑ってしまうくらい普遍的なことを鮮やかに書いてみせたチェーホフという劇作家に頭が上がらない。
▼これが日本だったらまあ「東京へ、東京へ、東京へ」ということになるだろうか。東京にはもちろんいろんなものがある。同時に、東京にはないものもたくさんある。私自身これからまた東京へ帰るし東京でやりたいことがあるのでまだしばらくは東京にいるだろうけれども、そうではない自分の場所を探さなければと最近は強く思うようになった。あえて言うとすれば「サハリンへ、サハリンへ、サハリンへ」みたいな心持ではある。
▼『三人姉妹』は通っていた養成所の卒業公演の演目だったので、ワンシーンずつ、台詞の一言ずつが脳裏にこびりついているような作品である。多少の思い出補正があるにせよ、今思い起こしてもそんなに悪くない上演だったと思う。同期も後輩も、みんないい人たちだった。その年の東京ではいろんな養成所や劇団が『三人姉妹』を上演していて、3か月くらいの間に5本くらいの『三人姉妹』が上演されていて合計15人姉妹くらいになっていたと記憶する。作品は同じでも集まる人がちがえば上演はまったくの別物になる。演劇はいつもそこにあつまる人がつくる。
▼一緒に時間を過ごした人のことを愛しいと思う。それがどんな人たちであれ、あるときある場所で共に時間を過ごしたことについては基本的にポジティブに思っている。人が好きだ、という気持が自分にはある。それもけっこう好きである。学生時代を終えて劇団の養成所に入り、遅れてきた青春をすこし謳歌して、卒業して、それで今も尚そんな”寂しさ”を感じられるような出会いと別れをたまに経験することができているのはほかでもない演劇のおかげだ、と思う。
▼『三人姉妹』とすこしちがうのは、ここで出会って別れる人たちはみな、いつかまた必ずここで会うことができることだ。どれだけ時間が経ったとしても、『三人姉妹』のヴェルシーニンら軍人とはちがって、この場所に来ればきっと彼らとまた会うことができる。彼らはきっと帰ってくる、と知っている。見送るのはいつだって寂しい。そうしてまた自分もまた見送られて東京へと向かう。でもまた必ずここへ帰ってくるという、そんな場所と出会えたことをあらためてありがたいと思う。
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平泳ぎ本店/Hiraoyogi Co. 第8回公演
戸山公園野外演劇祭参加作品
『若き日の詩人たちの肖像』
2024年 5月17日(金)ー19日(日)
各日18時30分開演(17時45分受付開始・開場)
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於:戸山公園(箱根山地区)陸軍戸山学校軍楽隊 野外演奏場跡
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