中老と僕と空き地と野暮な解説。
特に何があったわけではないんだけど、もしかしたらなぜ僕が橘川幸夫(71)の日々の振る舞いを本気半分冗談半分で書いているのか、その理由を誤解している人もいるかもしれないと思い、基本的なところを書いておこうとふと思った。普通だと「言うだけ野暮」ってところの話なんだけど、そういうことも書いておいてみても良いのかもしれない。ほんと、野暮なんだけど。しかも長い😅
まず、出会った最初の頃の僕は、「こいつは30年前に生まれた自分だ」と思ったからウェブ登録システムからワンクリックで弟子入りしてみたわけだけど、そのときには「自分にとって役立つだろう」と、いわばTakerとして「彼から学び、自分に必要な何かをもぎ取って自分のより大きな活動に活かそう」と思っていた。期間限定の収穫期みたいなもんだ。だから彼の考え方や知識のうち、自分が興味あることを効率よく貰って「参考になること」がどんどん溜まっていってそれはよかった。
でも不満があって、彼はせっかく本質的でオリジナルで変なカルトでもなく自己啓発でもないしスピリチュアルすぎもしない、言わば「僕好み」の世界観をせっかく持っているのに、自分の活動を一向に広げようとしないのだ。これだけ面白ければ1000人でも1万人でも集められるだろう。なんでこんな数十人で毎週Zoomをやってるんだろう。しかももっと面白くできるのに、そう言う意見を言うと途端につまらなそうな顔をする。だから僕は「メジャーになることにこいつは興味ないのか。たくさんの人とやった方がみんなハッピーなのに勿体ねえのなー」と思って、そこだけはずっと不満だった。
だから僕は彼のエッセンスを貰うか、彼の活動をなんらかアレンジして広める部分が自分の役割だと勝手に思っていた。そして彼の周りに集まる人たちの何割かは尊敬し過ぎちゃっていたので、彼を「中老」とか「おまえ!」とか呼んでみて、カリスマにしないのも僕にしか出来ない役割だと思っていた。
なんでそんなことをしていたかと言うと、僕はなんとなくなのだけど、カルトのようで全然違うギリギリの境界線や、スピリチュアルのようでそうではない境界線のようなところに何かの本質があるような気がしていて、「現実の妄想の狭間」というか、とにかく「怪しそうで際どいけど実は冷静で論理的ででも一部はドロドロぐにゃぐにゃっとしたものもあって説明不可能なエリアが残されている状態」にこそ人間の生きる場所があるし、心の平穏や幸福な状態があるのではないかと思い始めていたときに、ちょうど彼と出会った。ただそれって自己啓発やカルトや気持ち悪いクローズドコミュニーにすぐなりがちで、それは僕は嫌だったので、とにかく橘川を茶化し続けるということをやっていたわけだ。
ある日のこと、彼は突然僕に怒り出し、「お前は俺が一番嫌いなセクトだ!」と怒鳴ってきた。彼は本気だった。僕はそのとき、彼を怒らせることは何も言ってなかったのにも関わらずだ。あまりにびっくりしてヘラヘラと笑いながら「ちょっと待って、、なんですかそれ」と震えながら聞くと「お前さ、なんか違うんだよ!それがお前の話をしばらく聞いていて確信に変わった」と言われた。数十人の「仲間」の目の前でそれをやられた。僕はものすごく傷ついた。その怒りというか拒絶はその場限りのものではなく、翌日も仲間内のグループに「残念だが平野はおいていこう」と宣言された。
僕は傷つきながら「お前こそカルトじゃないか」と余計に悲しくなった。でもこれは誤解だと思うからこのままは嫌だった。何人かの生徒と称する知り合いは「橘川さんは酷い」と慰めてくれた。僕を慰めてくれるのはとても救いだったし嬉しかった。でもこの構図は気持ち悪いしなんか違うと思った。それと同時に「橘川さんは誤解してるのだから僕のことを認めてほしい」と思って承認して欲しくなってる自分も気持ち悪いと思った。頭の中はぐちゃぐちゃだった。橘川のやり方も、自分の反応も嫌だと思った。
そんなことがあった翌日にも奴とのミーティングが予定されていた。奴は「平野も悲しいだろうけど俺の方が1万倍悲しい」と書いていた。なんか期待してたのかもしれないけど知るか!ここであいつの何かに少しでも合わせるのは嫌だった。でもそのミーティングはサウジアラビアからゲノム解析の専門家の五條堀先生が来て、僕らのアドバイスが欲しいという内容だった。先生が権威だとかそこら辺はどうでも良くて、橘川にどう思われかもどうでも良くて(僕もムカついてるし)、でも彼を通じて知り合った人たちの人間関係の中でそれぞれが時間をとり、あの人に話を聞きたい、自分の活動の参考にしたいと思って「会いたい」と言ってくれていることに対して、その人と人との繋がりに対しての不義理はしたくないと思った。なので奴がいるミーティングに出るのはすごく嫌だったし怖かったけど、頑張っていろんな意見を言ってクタクタになったけど五條堀先生やジャンボさんは喜んでくれた。良かった。それだけがそのときの僕のプライドだった。
日もかなり経つと、中老もなにかの考えが変わったのか、和解のような授業をやるような雰囲気が伝わってきた。僕はその授業に出たものの、カメラもマイクもオンに出来なかった。というか、多分、反抗していじけていることを表現しないと気が済まなかったのだろう。中老は2時間くらいに渡り、いるかいないか分からない僕に対して本気で僕に語りかけていた。それはそれは情熱的で、本質的で、なぜかこの世界に生まれ、そして出会い、それぞれが死んでいつかは去っていく儚さの中で何がお互いにできるのかを本気も本気で語っていた。結局5時間近く、僕はじんわりとしたものを感じながら、何かが癒やされた。
それと時を同じくして、自分のこれまでの人生の中でなかったことにしている記憶がいくつかあることに気づき、愕然とした。とても正常ではいられないと思った。自分の身にそんなことが起こるなんて信じられなかったけど、どう冷静に考えてもカウンセラーが必要かも知らない事態だった。
「人の心の奥深いところに槍を刺すとこんなことが起きてしまうのだ」と恐ろしくなった。もし中老があの時に僕を支配しようとしたらいくらでも出来ただろうし、僕が彼を憎んであの時の渦と混乱を利用すれば何人かを僕の支配下に置くこともできただろう。カルトやセクトとは、こういうときに生まれるのだと痛感した。本当に恐ろしいことだ。今、僕の目の前に「それができる状態」がある。そして今の自分は、このぐちゃぐちゃから救ってくれる人が現れたらその人に精神的に平伏すだろう。
創作しかないと思った。
この状態で、誰かに依存してはいけない。
この混沌と向き合い、このドロドロとした扱えないものを、小説にしたり、音楽にしたり、絵画にしたり、詩にするのだ。それしか救いはない。
橘川は最初からずっとそれを言っていた。
誰もが先生であり生徒であり、作品をつくろうと。そして尊敬も軽蔑もするな。相手はお前の可能性であり、お前は誰かにとっての可能性なんだ、と。
そして何かを表現するんだ、まだ出会わぬ誰かに作品というラブレターを書くんだよ、と。
奴は10代の頃から繊細すぎて、とてもじゃないけどこの世界で生きていけないと思ったという。狂いそうな時が何度もあったのは、繊細なだけではなく勘が良すぎることもあるだろう。だから宇宙の始まりから終わりまでを真剣に考えてしまうし、生きることの素晴らしさも儚さも限界も感覚的に分かってしまうのだ。その苦しみや喜びの中から彼なりに目の前の人に対してやれることを毎日やっているだけなのだ。
そういう人は少数派のようで実はたくさんいる。表現の方法が違うだけだ。この一年半でもっと増えただろう。苦しみから逃れるには、作品をつくることだ。だからこれから文学も芸術もさまざまな新しい動きが生まれるだろう。それは「すごい」必要はない。誰かにとっての小説でよくて、誰か一人のための絵本でも良いのだ。評価なんてどうでもいい。それぞれが愛おしいあの人のために何かを表現して、自分も救われて、相手も少し救われたらいい。それを直接やっちゃダメなんだ。なるべく作品を介してやったほうが危なくない。人が人をコントロールしたり、承認をさせたり求める立場に置かれたりするのは、パワハラであり不幸だ。それを意図的にする奴は最低だと思う。
橘川幸夫の「深呼吸する言葉」がまさに分かりやすい例だ。彼はあれを毎日書くことで彼自身が救われて、そしてあの言葉を読んだ誰かも(勝手に)救われているだろう。彼自身がそこにいる必要はないし、お互いが出会う必要もない。言葉を通じて出会い、関係が生まれて、時間を超えてその関係が続いていく。だから物理的に本人と出会わなくても、作品を通じて出会えるのだ。彼が死に、作品と出会った人も死に、彼の残した「報告」の全ての影響がこの世界に無くなったときに、彼は本当に死んだことになる。その瞬間まで彼がこの世界に生まれた意味は残されている。それが「橘川幸夫なる存在が持つ可能性」だ。
僕はこれらの体験を通じて、相手を否定する危険を嫌というほど痛感した。依存や承認の恐ろしさに震えた。そして表現こそがそれぞれを救うことを知った。
だから表現しよう。作品をつくろう。どんなクオリティだって構わない。誰かが受け取るかもしれないし、誰か一人のためでもいい。天高く放り投げたら、たまたま燕がそれを咥えて何処かに運んでくれるかもしれない。
そしてそんな地味なことを繰り返して、自分の友だちが増えていって、何人かで夢中になること。夢中になって空き地で遊ぶ仲間ができて、結果的に孤独ではなくなっていたら、それって最高じゃないか。
僕はそんな思いで、「ラジオドラマ中老の男」をつくってみた。笑いに変えたかった。そしてあれを聴いてくれる人が少しでもいて、橘川の存在を思い出してくれたら、中老の男(71)の可能性が彼の死後も残されることになる。だからそのうちいくつかの方法でなるべく若い人と関わりを持ち、作品と可能性を差し出したいと思う。先が短い人からはなるべく多くの思いを受け取って、その人の「報告」と可能性をこの世界に残す手伝いをしたいと思う。それ自体が僕の作品にもなり、僕の可能性にもなる。あとはリアルに出会うことはお互いが生きてる間にしか出来ないから、キツで出会いが起こればいいなと思う。マスターは「小さな店だからそんなにたくさん来ても困る」と言う。それって一人の人間がそんなにたくさんの人と関係を作れるわけじゃないって話をしてるんだよね。でもお前、好奇心旺盛だから新しい出会いが欲しくてとうとう網を張ったな(笑)。だから興味ある人はコーヒー飲みに行くといいよ。
そんな純喫茶キツの話を僕は「こんなことしてる凄いおじいちゃんと仲良しなんだよ」と自慢してるわけではない。また「笑える話」をして受けを狙いたいだけなのではない。「こういうことをあなたがしてもいいんだよ」ということの事例を紹介している。こんな人がいて、こんなことが起きた。笑っちゃうよねー、馬鹿みたいだよねー、でもそれは地味だけど壮大な大人の本気のおままごとで、もしかしたらそれこそが生きるということなのかもしれない。だからあなたもあなたなりに殻を破って好きに生きていけばいいと思う。そういう「報告」だ。「宣伝」でも「自慢」でも「勧誘」でもない。細かいようだけどたまに誤解してる人がいる。
で、僕はこういう地味だけど壮大な日常がみんなの目の前にも広がったら素敵だと思って、そういう小さなコミュニティやプロジェクトがどんどん生まれたらいいなと思って、大きなコミュニティ、大きなブームメントを狙うのをやめた。なるべく小さくて丁寧に人間関係をつくることができる環境を用意してみたくなった。だから、テレポートやスターハウスやその他の新しいプロジェクトをつくっている。
それらは僕のものではなく、あなたのものである。
友だちと一緒に使って、平たく言えば仲良くなるためのツールを僕が用意するというだけのことだ。肝心のおもちゃをつくるのはあなたたちだ。僕が用意したおもちゃに遊ばられたり、僕が用意した出来合いのおままごとで遊んで喜んでいるだけじゃダメだ。
つくるのはあなただ。
僕もつくるし、あなたもつくる。
もしかしたら一緒につくる機会もあるかも知れない(それは最高だ)。
ちなみに作品をつくらないと、どんどん心の中を掘り下げていくだけになり、その苦しみに対しての解像度は上がるしお互いの理解は深まるけど、「苦しみや悲しみ」の仕組みがよく分かるだけになる。そこで共依存したり、尊敬したり、揉めたりする。問題に対しての解像度を上げるのは素晴らしいけど、最終的には何らかの表現することだけが唯一の「負の連鎖」からの出口なのだ。
だからその創作活動を通じて、友だちと出会ってほしい。僕らのように。そのためのキッカケはたくさんつくるから、僕と関係を持ってくれる人は、ぜひそこを一緒にやっていこう。僕が用意するのは多分「空き地にある土管やブロック」です。なのでそれをつかって好きに遊んで。そしてもし良ければ、僕の空き地づくりも手伝って(笑)。
んで、最終的に数人の「親友」だなぁと思える人と関わり続けられたら、もうお互いの人生、最高でしょう!そのためには下手でもいいから何かを一緒につくってりゃいいんだと思う。コミュニティっていうのは、何かをつくるためにあるんだよ。
だから例えるなら、純喫茶キツを大きくするんじゃなくて、世界中にキツみたいなものが勝手に増えたらいいんだよ。あれってただのZoomで、あるのは情熱と妄想だけで、実際には大したことやってない(笑)。そう考えると結構簡単なことじゃない?なんかやれそうだよね😆
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参加型社会学会・ 深呼吸学部「ZoomとVR 旅芸人の一座」
さまざまな私塾がネットワークされたYAMI大学。橘川幸夫が学部長の「深呼吸学部」もその一つです。深呼吸学部の下の特別学科の一つが「旅芸人の…
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