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発達支援をする前に必要なこと

発達支援についてのフォーラムの情報をもらいました。

とても著名な先生方や
発達支援に関わる専門家の皆様が
登壇されるようです。

興味深いと思ったので行ってみることにします。

どちらかと言うと自閉スペクトラムに関わる専門家
応用行動分析、
ABAに基づく発達支援を取り入れて
療育を展開している施設などの
トップの方が中心でした。

この企画の主催者の方のことは存知上げず
HPを拝見しました。

しっかりとした療育のプログラムを展開されて、
又敷居を下げたLINEやZOOMでの相談やカウンセリング
もちろん有料ですが、資格を持った支援者が対応してくれる
とても心強い内容でした。

こんな風に専門家が
子どものことについて相談に乗ってくれたら
親は子どものことに目を向け
どうしたらこの子が伸びるかを考え
プログラムをこなすために
真剣に取り組むだろうな・・

HPの感想にあったように
言葉の出なかった子どもがおしゃべりしたり
こだわりの強い子が聞き分けよくなったり
きっと我が子も頑張れば変わると思うだろうな・・

そんな風に思いました。

だけど少し、スッキリしない思いもありました。

発達支援が身近になり
子どもの成長を促す機会が増え
親が子どものためにと奮闘する

今までたくさんの親たちと出会い
自分も経験をして感じたこと・・

プログラムを頑張ってやらせようとして
子どもも親も疲弊してしまう・・

頑張ったけど成果が出ない・・

ついつい叱ってしまう・・

親がイライラする・・

折角頑張ったことが
何故か裏目に出ることがあるのです。

子どもに療育や学習、習い事をさせる時
親には覚悟が必要だと私は思っています。

どんな覚悟かと言うと
掛けた親の努力やお金は
結果と引き換えにしない
そして
掛けることはしても
見返りを求めない
と言うことです。

親としての意図を
はじめに設定しておくこと

親の在り方を整えておくこと

それがないままに
子どもをなんとか変えるために
療育や学習、習い事を始めると
葛藤が待っているかもしれません・・

親はとにかく一生懸命です。
子どものために一生懸命
自分のために一生懸命

社会通念に振り回されて
親は追い込まれるのです。

そして子どもも追い込まれるのです。

何が大切なのでしょうか?

誰のために生きるのでしょうか?

何のために生きるのでしょうか?


発達の特性をソフトにすることは必要かもしれません。

でも
本人の本質は変えられないし
そこを変えようとすること自体
本人を否定することになると思うのです。

それはたとえ親でも認められない領域です。

だから
発達支援ですべてが変わるかのようなことを
声高に叫ぶのは止めて欲しい

療育やプログラムは全てを変えられる魔法ではないから
それだけにフォーカスするのは危険なことだと思う。

自分も経験してきたし
今現在の親を見て感じていることなのです。

フォーラム当日、私も参加して
あらためて、考えてみたいと思っています。

私の声は↓↓↓の書籍にまとめています。


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