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スイスで介護ヘルパー!その19「少女のようだったフーバーさん(第四話)」#入居者さんの思い出

(第三話からの続き)


やがて悲しきダンスパーティー


 フーバーさんは若い頃、ダンスがお好きだったそうだ。あるとき、施設内でダンスパーティがあり、私はフーバーさんを車椅子に乗せてお連れした。
 かかっている音楽に合わせ、ただ思い思いに踊るというイベントで、外部の高齢者も参加できた。実は私は、踊ることが好き。バレエを習っていたし、盆踊りも率先して踊るタイプ。なので同伴者に立候補したのである。

 ところが恥ずかしいのか、みなさんそんなに活発には踊っていない。ホールの真ん中に出ると、非常に目立った。

 フーバーさんは初め、何も言わずに見ているだけだった。けれど私は、フーバーさんがきっと踊りたいだろうと思って、ホールの真ん中に連れ出し、車椅子を押したり引いたり回したりして踊っているかのように動いてみた。
 途中、ちょっと刺激が強すぎたかなと反省し、休んでみた。フーバーさんはあの日すでにかなり衰えていたし、そんな体力はなかったはずだ。けれど気分が悪いと訴えるでもなく、かといって手を止めた私に何も言わなかった。楽しんでくれたのだろうか、私は不安になった。

 同僚のトビーが教えてくれた。「フーバーさんは、去年もダンスパーティーに参加してたよ。去年は、まだ普通に踊ってた」。

 フーバーさんの心情を察し、力になれなかったことが申し訳なかった。
 

トイレにお連れするように


 その後ほどなく、フーバーさんは歩けなくなり、とみに体の運動能力が衰えていった。もともと食が細かったのに、さらに食べる量が減り、体重は40キロを切った。お昼寝はだんだん長くなっていった。

 フーバーさんがナースコールを押したら、駆けつける。トイレに行きたいということで、ベッドから起こしてあげ、車椅子に乗せてあげ、トイレまでお連れする。トイレのわきの手すりにつかまってもらい、立ち上がって向きを変え、ズボンとパンツ(その頃はパッドをしていた。オムツの代わりなのだが、伸びのよいパンツにあてがっておくだけの大きなパッドで、取り換えが楽)を下ろしてあげ、便座に乗せてあげる。ことが済んだら、立ち上がるのを手伝ってあげ、新しいパッドをあてたパンツとズボンを履かせてあげ、向きを変えて車椅子に座らせてあげる。そしてまたベッドに戻る。

 という一連の動作が、入居者さんの体重によって難易度が変わってくる。とにかく軽いフーバーさんは、新米の私でも失敗することなく移動ができた。力がなく、長く立っていられなかったフーバーさんを、背中から支え、フーバーさんの体のカーブに合わせて私の膝や太ももの上に乗せてあげ、何かあっても安全なようにした(このテクニックは、フーバーさんのようなスリムな方にしか使えない)。
 ゆっくり慎重にやっていた私に、フーバーさんは「上手にやってくれたわね」「あなた本当に上手ね」と毎回ほめてくれた。

 これが、何より嬉しかった。というのは、当時の私は新米であり、ほめられたことなど全くなかったのである。問題があると、「イクヨがやったんでしょ!?」と決めつけられたことも何度かある。
 もちろん、みんな親切に教えてはくれたけど、ドイツ語が聞き取れなかったり、大事なことを忘れていたり、一年目は本当によく失敗を重ねた。今のように、仕事が楽しいなんて思っていなかったと思う。もちろん、入居者さんたちと仲良く交流している時は楽しかったが、仕事そのものについてはしょっちゅう落ち込んでいた。元介護職のお友達に「1年目は何を言われてもしょうがないんじゃない?」と言われ、時がたつのを待つしかないと、うなだれていた。

 そんな中の、フーバーさんのお褒めの言葉。
 当時、アッカーマンさんのように特別な事情で私のことをベタぼれしてくれた人はいたけれど、お世話に対して褒めてもらうというのは、格別の喜びだったのだ。

ただいま出動!


 フーバーさんからのコールを見つけると、私は毎回、飛ぶようにお部屋に駆けつけていた(そして「イクヨ!走っちゃダメ!」と注意されていた。実は今でも言われる。緊急の時以外、高齢者施設内を走るのは危険なのだ。けれど私は日本人、普通に歩いている時でさえ、ほかの国の方からは走っているように見えるんですね)。

 そして、フーバーさんはいつも「ずっと鳴らしているのに、誰も来てくれない。あなたが、やっと来てくれた」と言うのだった。(第五話へ続く)

おことわり。本文に出てくる人物名は架空のものです。プライバシー保護のため、内容も部分的にフィクションを加えてあります。
 

神奈川県→イタリア→英国スコットランド→スイス。引っ越し回数30回以上、転職も30回以上(バイトを含む)。イタリア語を学んだ後、日本語教師、ライター、介護ヘルパー。趣味は読むこと書くこと、ウォーキング、ヨガ、旅行、折り紙、ピッコロ。現在スイスのバーゼル近郊に長女と2人暮らし。