見出し画像

スイスで介護ヘルパー!その16「少女のようだったフーバーさん(第一話)」#入居者さんの思い出


とにかく細くてか弱いおばあちゃん


  その日、私はシュヌッパー(トライアル勤務)に来ていた。そこでフーバーさんと出会ったので、本当にこの仕事を始めた頃の話だ。私の思い出の入居者さん第一号は、実際のところ、このフーバーさんなのである。

 ほかの誰よりも背が低くて、痩せていて、華奢だったフーバーさん。グレイの髪は、ストレートのおかっぱ。そして目が、欧米人にしてはかなり細いのである。お肌も乾燥してシワシワだったから、さらにか弱く見えた……。
 

犬がくんくん匂いをかぐような、トライアル制度


 が、フーバーさんについて語る前に、まずはシュヌッパー制度についてご説明する。
 
 ここスイスには、素晴らしいトライアル制度「シュヌッパー」がある。様子を見てみる、体験してみるという意味の「シュヌッパーン」という動詞は、もともと犬がくんくん匂いをかぐ、という意味だ。面接のあとでシュヌッパーに招待されたら、鼻をひくひくさせながら近づき、くんくんと匂いをかぎまわって、どんな感じか探るのである。仕事内容はもちろん、職場の雰囲気も。

 そこで「やっぱり自分には向いていない」と思えば、辞退してもいい。そして上司も当然、こちらを見ている。実際に働かせてみて、「この子は見込みがない」と思えば、残念ですが採用は見送り、ということになる。

 私自身も、過去には何度かシュヌッパーをさせてもらったことがある。ドイツ語が完璧でない私は面接で不利なのだが、シュヌッパーをすると、毎回すぐに採用が決まる。ありがたいことである。

 そして一度は、まる一日働いてみて、この体勢で働くのは私には厳しいなと思い、辞退させてもらった。

 シュヌッパーの期間は職場によって異なるが、半日から数日程度。採用後に、シュヌッパーとして働いた分の時給を支給してくれるところもある。
 
 驚くのは、シュヌッパーする人がいきなり制服を着て、見た目はほかの正社員とまったく変わらない恰好で働いてしまうことだ。「本日シュヌッパーです」というバッジを胸につけるでもない。

 確かに必要に応じて、横から指導はしてもらえる。それでも、まったくの新人にぶっつけ本番でやらせてしまうというのが恐ろしい(ちなみにスイスでは、職業訓練を受けた者か資格を取った者にしか門戸が開かれていない。未経験者大歓迎なんて、まずない)。
  もちろん、何か失敗やトラブルがあった時は、お客に対して「すみません、今日この子シュヌッパーなんですよ」と言い訳することもあるが、まあ滅多にない。採用されたくて、失敗しないよう必死で頑張るのが普通だからだ。
 むしろ採用後に、失敗やトラブルが発生することの方が多い。あんなに良さそうに見えたから採用したのに、最近やる気ないね、といった話はよく聞く。

 だから、シュヌッパーがいくら素晴らしい制度とはいっても、やはり問題はあるのだが。
 まあ、これは恋愛や結婚にも通じる真理だろう。あんなに素敵な人に見えたから結婚したのに、一緒に暮らしてみたらやっぱり違ったとか……。
 

思い出の入居者さん第一号


 だいぶ話がそれてしまった。フーバーさんの話に戻ろう。

 私が入社してから、何人かお亡くなりになった方はいたが、親交は深くなかったので打撃を受けずに済んだ。仲良くなってくれた入居者さんの中で、初めて亡くなってしまったのがフーバーさんだったのである。

 なのに、遠い昔の話になってしまった。せめて心に残っている場面を寄せ集めて、ここにまとめてみようと思う。(第二話に続く)

 おことわり。本文に出てくる人物名は架空のものです。プライバシー保護のため、内容も部分的にフィクションを加えてあります。
 

神奈川県→イタリア→英国スコットランド→スイス。引っ越し回数30回以上、転職も30回以上(バイトを含む)。イタリア語を学んだ後、日本語教師、ライター、介護ヘルパー。趣味は読むこと書くこと、ウォーキング、ヨガ、旅行、折り紙、ピッコロ。現在スイスのバーゼル近郊に長女と2人暮らし。