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スイスで介護ヘルパー!その20「少女のようだったフーバーさん(第五話)」#入居者さんの思い出

(第四話からの続き)


お部屋に入ることを禁じられて


 フーバーさんは、やがて終末期に入った。まったく立ち上がれなくなり、食べ物を受け付けなくなり、さらに骨が目立つようになってしまった。
 寝たきりになると、新米の私には担当が回ってこなくなり、部屋への立ち入りも禁じられた。

 けれど、どうしてもフーバーさんに会いたい。会話はできないだろうけど、一方的でもいいから話しかけたい。ある時、誰もいないのを見計らって、私はこっそり部屋へ入った。

 フーバーさんは、静かに縮こまって眠っているだけ。壁側を向いていて、お顔すら見えない。それでも私は、言葉をかけてみた。「フーバーさん、今までどうもありがとうございました。何もできなくて、ごめんなさい。本当に、ありがとうございました……」涙がこぼれ、声もふるえてきた。

 その瞬間、同僚のサンドラが部屋に入ってきた。記憶が定かではないが、私はドアを閉めていなかったのだろうか?いや、注射の時間だったのかもしれない。「イクヨ、何やってるの!こっち来て!」
 私は、慌てて出た。サンドラはきつい顔をして、ドアを閉めた。

「イクヨ、そんな誰かが死にそうだからって、いちいち泣いてるんじゃないの!フーバーさんは、苦しんでるんだから。苦しみから、開放された方がいいの!パートナーももうずっと前に亡くなってるんだから。今は彼のそばに行った方がいいの!」
「でも・・・でも私、フーバーさんのことが大好きだったから!」
「みんな好きなの。私たちはみんな、入居者さんたちが好きなの!」
 そんなの嘘だ。私はとっさに思った。もちろん優しい同僚もいるけれど、愛情などとても感じられない言動の数々も、すでに見ていた。下痢をした人を叱ったり、何度もナースコールを鳴らす人を無視したり。
 みんな好きだなんて、一体どこが!

 けれど、私には何もできない。あきらめるしかなかった。とりあえず一度は会って、挨拶もできたのだ。私はこれでもう気が済んだ。

 それなのにサンドラは、翌日の午後に私を呼び、「これが最後だと思うから、会いたいんなら今行ってきな」と言ってくれた。私はお礼を言って、部屋に入っていった。フーバーさんは変わらず体を曲げて眠っており、お顔は見えなかった。私は心からありがとうと言いたかったが、もう昨日言ったし、何よりドアの前でサンドラが待っていたので、落ち着かなかった。
 すぐに部屋を出た。サンドラが、「もういいの?」と言った。「いいの、ありがとう」私は答えた。

 その翌日に、フーバーさんは亡くなった。
 

カーテンは全部閉めないで


 お部屋の窓の中央には、ステンドグラスが飾ってあった。黄色と青の鳥が四方八方に舞い踊っているデザインで、これもパートナーの作品だった。

 夜、おやすみ前にカーテンを閉めてあげようとすると、フーバーさんはいつも言うのだった。
「あ、全部は閉めないで。ステンドグラスが見えるように」。(おわり)

おことわり。本文に出てくる人物名は架空のものです。プライバシー保護のため、内容も部分的にフィクションを加えてあります。
 


神奈川県→イタリア→英国スコットランド→スイス。引っ越し回数30回以上、転職も30回以上(バイトを含む)。イタリア語を学んだ後、日本語教師、ライター、介護ヘルパー。趣味は読むこと書くこと、ウォーキング、ヨガ、旅行、折り紙、ピッコロ。現在スイスのバーゼル近郊に長女と2人暮らし。