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子どもの宇宙 つづき

「子どもの宇宙」で言いたいと思っていた続きを思い出した。  

(文章を書いたり、喋ったりしていると、結局何を言いたかったのか分からなくなることがよくある…)  

5 年前、この本を読む至った経緯は「自由について考察せよ」というような課題が出たからだったと思う。  

けど、なぜこの本を手にとったのか。  

子どもは自由だと思っているのか?
というと、そうじゃないと思う。
それは、自分が歳を重ねるにつれて自由になっているように感じるから。  

なんだか子どもの頃、周りの大人や親に守られてる頃って、息苦しかった気がする。いろんな意味でも守られてるから、対等ではない気がしていた。
こちらの言葉が届いていない、という感じがあって。それがさらに対等ではない感じ。  

じゃ、なぜこの本を選んだのか。  

5 年たってみて、思うのは、子どもたちには自由にいてほしい って、思ってるのかな、と思った。願望。  

(課題を無視して、自分の読みたいものを読んだのかな)  

最近の子どもはませてるなーと思う。処世術に長けているというか。そんなこと気にしなくていいのに、と思うことを気にしていたり。神経つかってるな、と感じることがある。  

基本、何事も、本人がいいならいいんじゃない、と思ってるけど、自分の好きなことは自分で守らないと、苦しくないのかな、と思う。  

(そういうのが分からなくなるのは、すごく、さみしい事だとおもう)  

好きなことばかりしてる人に言われたくないだろうけど。
これでも生きていけてるからなー。
(いろんな人のおかげなのですが)


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