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【読書】ブラックボックス

著者:砂川文次

自転車便のメッセンジャーとして働く男性の生活と自身の人生観について追いかけた物語です。

本作は、前後半で大きく場面が異なる構成で物語が語られております。前半ではメッセンジャーとして活躍する日常を詳細に描写し、毎日を忙しくも過ごしながらも保証のない将来に漠然とした不安を感じている内容でした。また、主人公は何かしらのきっかけがあった時に暴力的な衝動を抑えることができず、それが理由で職を転々としてきたと言う過去があります。もともと実家を離れたのも家庭環境の悪さからであり、物理的にも精神的にも遠くに行きたいと言う理由があったものの、行く先々で同じ過ちを繰り返す自分に対して、「あの時から一歩も動いていない」と感じていました。そんな最中、またしても同じ過ちを犯してしまい警察に逮捕されて後半の物語に移ります。
後半では逮捕後の刑務所での生活が語られております。当然のことながら自転車に乗ることはなく、代わりに閉ざされた空間の中で決められたタスクをこなし、それが終われば出所すると言う明確なレールが敷かれております。以前のような忙しさはなく、また、刑務所内でトラブルを起こすなどして時には独房に入ることもありながら徐々に自分と真正面から向き合う時間が増え、逮捕前よりも真剣に「ちゃんとする」ことの意味を考え始めるようになっていきます。

前半はメッセンジャーとしての仕事を通してスピード感のある環境にいつつも自身は時が止まったかのように成長をしていませんでした。対して後半では、刑務所という体感できるようなスピード感はない環境の中、少しずつ成長に向けて自分の時計が動き出すような構図となっており、前後半で対比が取れているように読めました。
前半のスピード感があったからこそ後半のじっくりと進む話にも没入でき、また沁み渡るように主人公の変化を感じ取ることができました。

真剣で真っ直ぐだけれども不器用であるがために停滞してしまっていた人が、長い月日をかけてゆっくりと動き出そうとする、そんな緩やかな人の成長を感じられる一冊でした。

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