見出し画像

"塀の外からも非行少年をサポートしたい" 元法務教官の新たな挑戦

へいなかさんプロフィール
内装資材卸売業の営業職を経て、2012年少年院の先生である法務教官として採用される。9年間従事し2021年3月末に退職。現在は、「一般社団法人若者雇用サポートセンター」の代表を務めるのがへいなかさんだ。2017年よりtwitterアカウント「へいなか」として活動を始め、現在は4000人を超えるフォロワーがいる。少年院で更生中の子どもに向けて発した温かく心に刺さるツイートが人気の発信者だ。
法務教官を経験したからこそ見えている問いとは一体何か?法務教官のキャリアを生かして発信活動や法人設立に挑む背景を探りながら、へいなかさんが見ている問いに迫る。
経歴
2010年      ボランティアとしてパレスチナへ渡航
2011年    福島県でのボランティア活動
2012年4月 法務教官として採用
2021年3月 法務教官を退職
2021年4月 一般社団法人若者雇用サポートセンター設立

画像3

些細なことでつまづく元非行少年 そんな彼らを救いたい

◯法務教官退職後の活動を教えてください。
「(一社)若者雇用サポートセンター」を立ち上げ、仕事に就きたい若者と若者を雇いたい経営者をサポートする活動に向けて準備をしています。この法人を立ち上げた理由の1つは、これまでの就労支援への課題。就労支援というと、就職するまで支援して徐々に支援者がフェードアウトしていくのが普通でした。でも本当は、就職後の継続して働けるように支援をする方が重要だと気づいたんですよね。

ー少年院を出所後は就職する方が多いんですね。
そうですね。特に中小企業に就職することが多いです。就職するところまではなんとか面倒を見るんですが、就職した後の子どものサポートに課題があると思うんです。1つは、中小企業の経営者が「若い人の関わり方が分からない」という悩みや、離職させてしまわないかという不安があるという課題。人の出入りが少ない中小企業になると年配の職員も多く、若者との関わり方が分からないまま離職させてしまった、ということがあるようです。
もう1つは再犯防止を見据えた就労継続サポートです。少年院を出た子どもの再犯率をご存知ですか?2018年ごろの調査によると、出所した子どものうち3割が再犯するという調査結果が出ています。これは、少年院を出たあとの生活で、何か悩みが生まれたときに寄り添ってくれる人がいなくて、魔がさしたように再犯の道を選んでしまう様子を表しています。少年院内で起業のノウハウを教えて、出所したときに起業できるようにするといった動きも出ていますが、今はまだそのタイミングじゃないとボクは思っています。ボクはこの再犯という現状を変えるために、若者側と経営者側、両方の不安や課題を解決したい。そしてこれら2つの課題を解決できるのは、営業職と法務教官を経験したボクだけなんじゃないかと。
民間企業での勤務経験から企業が求めている人物像や企業側が若者に伝えたいことは理解できますし、若者の更生をさせてきた延長線上に若者の就労継続サポートがあると思うんです。就労を継続させることは、少年院で目指した「健全な生き方」を社会に出てからも続けさせることと同じなんです。

ー少年院に来る子どもだから、心が強いと思っていました。実は誰かに支えてほしいと心の奥で思っている子たちだったんですね。
そうですね。少年院を出所した子どもが再犯せず健全に生きるためには、就職した後も継続的なアドバイスや面談が必須だと思うんです。法務教官を経験した中で、出所した後もボクのアドバイスを聞きたいと話す子どもがたくさんいて、それが起業のアイデアにつながりました。法務教官の経歴を生かしつつ、非行少年が社会人として生きるための伴走をするというチャレンジですね。

ー非行少年は法務教官を本当に信頼しているんですね。
法務教官は多くの非行少年にとって数少ない「頼れる大人」の一人ということです。でもそれは基本的には塀の中でしか関われないじゃないですか。だったら僕の方から外に出たらいいんじゃないかと思いました。法務教官は天職だと思いましたが、同じようなことを外でもできないかと。ボクが外に出ることは出所した非行少年にとっても、少年を支える地域にとっても大事なことなんじゃないかと思って。塀の中にいたときから法務教官を"天職"と感じていましたし、自分の力を塀の外で活動することでさらに生かしたいと考えもしていました。

画像1

法務教官は"天職" 自分の経験全てを法務教官の実践に注いだ

◯どんなところを”天職”と感じたのですか?
「教育の本質は、営業の本質と似たものがある」という気づきがあったからですね。営業職を経験して得たものは、相手に利益のある提案をして相手に快く商品を購入してもらうスキルです。これって教育でも必要なスキルじゃないですか?少年院の子どもは「自己改善」「更生」「再犯防止」といったプログラムを受ける必要がありますが、最初彼らにとってそれらはやりたいことではないんですよね。その状態から「受けたい」「受けなければならない」という気持ちを引き出す必要があります。少年院の子どもに「健全な生き方」の魅力を感じさせ、その生き方に進んで向かおうとする状態を作るんです。これがまさに、営業でお客さんにモノを買ってもらうプロセスと一致していました。

ーとはいえ「健全な生き方」に魅力を感じさせるのは難しそうです
本当にその通りです。少年院にいる子どもはこれまで「憧れの大人」に出会った経験がほぼないに等しいんです。だからこそ、ボク自身が少年院の子どもにとって「憧れの大人」になれるように徹底しました。自分を「自分と同じ人間だけど、異なる観点を持っている人」と感じさせて、「へいなかのような健全でかっこいい大人になってみたい」と憧れを持たせることが必要でした。例えばマンガを同じように読んでいても、「面白かった」で終わるのではなく、そこから人生の教訓を得て子どもに話をします。筋トレをしたり、女性とデートしたりした話もしますね(笑)子どもと同じように生活しているけれど「自分とは何かが違って尊敬できる」と感じさせて、健全な生き方を目指すきっかけをたくさん作るようにしていました。

ー私も子ども時代にそんな先生と出会いたかったです!強い思いで法務教官のキャリアを選ばれたのでしょうか?
全然そうではなくて、本当に偶然の出会いが始まりで法務教官を目指すことになりました。
ボクが法務教官の仕事を知ったのは、パレスチナでのボランティア経験について派遣母体の団体から講演依頼をもらったときでした。たまたま話を聞きにきていた人の中に法務教官がいたんです。その人に「少年院にもっと社会の話をしてくれる人を増やしたい。あなたがたくさん経験してきた社会経験を少年院で伝えるために、法務教官になってくれないか?」と言われたことがきっかけでした。
もともとボクは営業職で社会人経験を積んだ後に、教員になろうと思っていたんですよ。ところが社会人を辞めてフリーターだった際に東日本大震災が起きて、アルバイトが全部なくなってしまい、生きるために必死だった時期もありました。そんな経験も含めて全ての人生経験が、法務教官でいかせるじゃないかと感じました。生きることに必死だった時期に受験をしたので、当日になって知った受験科目もありましたが(笑)

ーそうだったんですね(笑)法務教官の世界に飛び込んだということは、働く中で驚いたこともたくさんあったんじゃないですか?
そうですね。「保安と教育のバランス」を常に取ることを強く意識することが、法務教官になって最初に驚いたことです。
少年院でも学校と同じように授業があり、体育の授業をする時のことです。普通の学校なら「先生と競争な、よーいどん!」と一緒に走ると、すごく盛り上がりますよね?でも法務教官はそれではダメなんです。教官が先頭を切って走ると子どもの様子が把握できず、逃亡する可能性があるから。複数人の法務教官で協力して保安を保ちつつ、教育をするというバランスを徹底することが何より最初に学んだことです。
義務教育での仕事と法務教官の仕事は「衣食住を共にしながら子どもと向き合う」という点が大きく違います。法務教官の仕事については、【法務教官の仕事を列挙してみる】というボクのnoteを読んでみてください。

ー保安を意識したエピソードはたくさんありそうですね。
ありますよ。例えば教室の窓ガラスが割れたとき、あなたなら1番に何をしますか?きっと安全確保のために破片を集めながら、割れた経緯を聞くと思います。法務教官は窓ガラスの破片は自殺の道具として使われることも考え、まずは窓ガラスを全て揃えて誰も持ち出してはいないことを確認するのです。そこから、割れた経緯を聞きます。とにかく子どもを逃亡させずに生きて更生させ、出所に向かえるようにすること。そのためには保安は欠かせないんです。

ー学校とは全く違う対応ですね。法務教官としての仕事ぶりを体得するのにも、苦労があったのではないでしょうか?
もうとにかく必死でした。目の前の先輩がしている指導を目を皿にして見て、耳を背中につけて聞いていましたね。少年院の寮で先輩が巡回指導する様子を、ゴミ拾いをするフリをしてこっそり聞いていました。事務作業するフリをしながら、電話対応を聞くこともありました。今でも本当に尊敬する先輩たちで、一緒に働けたことを感謝しています。

ーなるほど。へいなかさんががむしゃらに学んでいらしたことが伝わります。
先輩の取り組みに学ばせてもらえる環境に、今でも本当に感謝しています。でも次第に、自分も何か少年院に貢献できるようになりたいと思うようになりました。そんな中でボクが活躍できたと感じている事は2つあります。1つ目は民間企業で働いた経験から、業務が楽になる仕組みを入れ込む存在になること。2つ目は教員を目指していた背景を生かして、少年院の中に教育的に価値のある取り組みを入れることです。
法務教官は歴史のある仕事ですが、一般企業のようにデジタル化が進んでなかったり、外部と連携した新しい取り組みが少なかったりと、事務作業にも子どもを育てる活動にも、もっと良くなる可能性がたくさんありました。だからボクの学んできたことや社会人経験が、少年院の中でとても役立ちました。手計算していた会計簿をエクセルにまとめたり、ダンスの授業を少年院に取り入れたり、外部との連携を強化して教育プログラムを作ったり、営業職での経験や教員を目指していた経験が総合的に生かせたんですよね。新しいことをどんどん提案する立場になれました。
こうやって話をしていると、仕事を任せてくれた先輩に改めて感謝したくなりますね。この恩はボクが今後活躍することによって社会に還元したいです。

画像2

法務教官の出口を作りたい 自身に課したミッションとは?

◯ずっと法務教官を続けることで、さらに活躍する道を見出すこともできたのではないでしょうか?
確かにそうですね。でも、法務教官として自分が脚光を浴びるだけでは、多くの素晴らしい法務教官について知ってもらうことにはつながらないと思うようになりました。それは「法務教官の価値は、法務教官を辞めた人の活躍が決める」と思い始めたからです。ボクが法務教官を辞めてからも活躍すれば、ボクがどんな経歴を歩んできたのかと言う話題になります。そうすると、へいなかは法務教官をやってきたから、今の仕事に取り組めているんだということになり、現在は社会的な認知度の低い法務教官の存在に注目が集まります。
ボクが法務教官のキャリアを生かしたモデルケースを作ることで、法務教官の存在を世の中の人に知らせたいんです。法務教官は全国に3000人しかいなくて、外の世界との接点も非常に少ない。なかなか日常の中で「法務教官をやっています」という人と出会うことってないですよね?自分が法務教官を経験した立場から活躍をすることで、法務教官の仕事を社会に広める、法務教官の非公認広報担当になっていきたいんですよね。まるで、ふなっしーみたいにな感じの存在が理想形です(笑)

ーなるほど、ふなっしーですか(笑)
法務教官の存在を社会に広めるために、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?

法務教官として積み上げた知識を、間接的に法務教官が注目されるような活動を通して社会に還元することがミッションだと考えています。そのためにやりたいことが2つあります。
1つ目は法務教官の延長線上にボクのキャリアを作ることで、社会に「法務教官ってすごい」と思ってもらうこと。非行少年の教育に関わりたいって時点で、アツい想いをもって仕事をしているんですよ。非行少年に「更生したい」と思えるような環境を提供することは、並の努力や思いでは取り組めません。だからこそ、もっと法務教官の素晴らしさを多くの人に知ってほしいんです。
2つ目は法務教官のキャリアチェンジの行き先を作ること。ボクの法人を通して、法務教官のキャリアを存分に生かして社会で活躍できる仕組みを創っていきたいです。優秀な法務教官がキャリアアップを目指して転職してくれる法人になれるよう、ますます頑張ります。まだまだ走り出したばかりの取り組みなので、読者の皆様にも応援していただけたら嬉しいです。
教育に関わる仕事の1つとして、法務教官が認知してもらえるよう、今後も発信を続けていきます!

へいなかさんのnoteを読みたい方は



「もっと読みたい」「役に立った」と思える記事を書き続けます!これからも一緒に目標高く、ゆるゆると頑張っていただける方は、ぜひサポートをお願いします!