二回目のこと~うつ状態が無視できなくなってから今のこと~
無視していた期間も含めてですが、うつ歴10年です。
今回2回目の発症について振り返りたいと思います。
うつを無視し始めてから、5年ほど、また、ぶり返してしまったのは、2020年の12月。
無視してた期間には、手に職をつけるため、専門職種の専門学校に通い、就職して、結婚して、転職してと、人並みの生活をしていた。
この期間自分では全く問題なく過ごしていたと思う。
おなかが緩かったり、胃が痛くなりやすかったり、寝つきが悪かったりってこともあったけど、小さいころからだし、そこまで気にしていなかった。
再発のきっかけとなった転職後の会社について
結婚してから、WEB系のシステム会社に転職し、ディレクターとしてたくさんの人とかかわった。転職後も職場の人間関係も、お客様との関係も良好で、働くことが好きだし、仕事内容も自分に向いているし、会社が好きだし、天職なのでは?と思っていた。
15人ほどの小さい会社だったので、役員との距離感も近かった。
一つ難点なのは、社長がオレ様系だったのと、役員(直属の上司)が体育会系で上には弱く、下には強い。かつ、根性で何とかなると思ってるってところだった。
営業が社長と役員の2人のみだったので、その2人が仕事を持ってくる。
決まった仕事は両者と相談しながら、工数の確認をしながら、社内メンバーにリソースを割り振って、スケジュール組んで、随時進捗管理をするのが私の仕事だった。
持ってくる仕事に対して、エンジニアもデザイナーも圧倒的に足りない。
社長の案件が最優先事項となる。
上記の理由から、工数の遅れやバグが頻繁に発生し、日々、直属の上長である役員に相談してどうにか対応していた。
でもその対応っていうのが、プロジェクトメンバーを集めて上長が「がんばれよ」とか、「もう少し工数削減できるだろ」とかのたまうもので、それに焦ったメンバーが何とか工数減らして進めるけど、その分ミスも発生するっていう悪循環だった。
大幅なスケジュールの遅れが見込まれても、社内の追加リソースは期待できない(上長が社長に報告せず、ぎりぎりまで隠そうとするから)
社内メンバーの上長への不信感はすごかったけど、私が入ることで、緩衝材になるのか、何とかうまいこと言ってた。(と思う)
ほころびが出るとき
世の中が世界的に拡大した感染症にて、全社リモートワークになった。
出社しているときから、チャットツールをバリバリ活用していたから、コミュニケーション手段としては大きくは変わらなかった。
でもやっぱり、直接細かいニュアンスを伝えたり、こういう動作をすると不具合が起きるってことを伝えるのは難しかった。
一番の変化は、前以上に上長が「もっと早くできるやろ」的考えが強くなってた。みんなの働きが直接見えないことで、デザイナーの一人に対してこどもの面倒を見ながら片手間に仕事をしているんじゃないかって、言ったりもしてた。
お客様との打ち合わせもWEB打合せになった。WEBでの打ち合わせになったことで、エンジニアやデザイナーが参加することも多くなった。
エンジニアやデザイナーは上長が対お客さんと対社内で言っていることが全く違う、できないこともできるって言っていることに気づいた。
(その場でエンジニアがやるなら〇日くらいかかります、って言っても、上長が半日くらいでできるやろって言ってしまい、それですすんでしまったり)
社内の雰囲気がぎすぎすしだした。(テキストメッセージの冷たさも相まってだとは思うけど)
エンジニアが辞めていく。
辞めていく人に対して社長や上長はドライだった。引き止めもしないし、必要な引継ぎのフォローをしようとしない。今振り分けられている案件のリソースとしてカウントしていた。
人が辞めた分だけ、新たに採用を行い、人員補充を行うが、経費を抑えるためか、採用するのはエンジニア経験がほぼない人ばかり。
抜けた穴を補うことはできないし、どんどんリソース不足に陥ってった。
各人のスケジュールを私が組むことになったけれど、役員は定時後の時間も21時までスケジュールを入れろと言う(残業代を支払わないために21時には退社しないといけない決まりだった)
(絶対いやだったから定時までしか入れなかったが)
リモートになったことで、休日や時間外関係なく、上長やお客様から連絡が入るようになった。
その時はマヒしていて対応するのが当たり前だったけど、結婚相手にドン引きされたのは年始の1月2日21時過ぎに上長から電話連絡が入ったとき。
体の異変
完全リモートワークから半年以上が経過して、限定的に出社可能になった。
私が出社するほとんどの理由は、社長や上長から直接MTGをしたいから出社してほしいという依頼があったからだった。
少しずつ、
会社に行くのがしんどいな
あの2人に会いたくないなと思うようになっていった。
夜眠れない。
会社に行く途中の電車で動悸が止まらない。
なんとなく不安感がぬぐえない。
夜眠れないのが一番つらかった。眠れないまま朝を迎えそのまま電車に乗り、会社に行く。会社ではずっと気持ちが悪かった。
2回目の通院
眠れないのはなんとかせねばと、病院に行った。1回目の時のこともあり、病院はそんなに信用していなかった。
行った病院は1回目の時とは全く違った。
ネットでできるような検査は全くしなかった。
30分くらいヒアリングをしてくれて、幼少期のバックグラウンドなどや既往歴等についても詳しく聞いてくれた。
セロトニンが腸で作られるから、おなかが弱い人はセロトニンの生成が鈍っている人がままいるってことを教えてくれ、びっくりだった。
まさかのそういう状況になりやすい体質なのかと。というか体質が関係するのか。と
とりあえず睡眠導入剤と、腸の調子を整えるお薬と、セロトニンを補充するお薬を処方された。
その後も定期的に通うことになった。
仕事面での変化
薬を飲み始めて睡眠もとれるようになり、仕事中の集中力も保持されるようになった。
ただ、上長や社長には通院をしていること、薬を服薬していることは言えなかった。
上長には特に、言えなかった。基本根性でどうにかなると考えている人だったため、理解してもらえないと思ったからだった。
そのまま誰にも言わずに半年ほど仕事をつづけた。
あるとき、案件が何10件と重なり、そのうち2つが炎上しかけた。炎上を最小限に抑え、そのほか案件も納期通りに進めるべく、調整スケジュールや妥協案を作ったうえですべての案件について、上長に相談した。
それまでは「少しの遅れも逐一報告、相談するように。」と言われていたし、炎上しかけた案件も逐一報告し、このままだと炎上するという報告は入れていた。ただ、お客さんと社内両方に上長が説明するから大丈夫だと言われていた。でも、上長が社長に報告した様子も見受けられず、追加リソースは見込めなかった。
リモートになってから社長案件にかかわってるエンジニアのリソースを借りる場合、上長を通さないといけない決まりになっていた。
どうしても社長案件のリソースを借りるしかなかったので、その依頼をしてもらおうと上長に掛け合ったが、「ほんとにそうするしかないのか。今のリソースでももっとチームメンバーに早く手を動かしてもらうとか、やりようがあるだろ。もう少し何とかできるやろ。自分で考えろ」で決して社長に掛け合ってくれなかった。
それからは地獄だった。
エンジニアと相談して最善のスケジュールを組むけれど、どう考えても納期には間に合わない。21時以降も作業していいのであれば可能だが。という答え。それを上長に伝えても、21時以降の作業はダメだ。どうにかできるはず。としかいわない。(たぶんみんな21時以降も作業してくれていた。申し訳なかった)
じゃあ、一度上長からエンジニアに伝えるから社内MTGを開いてと言われ、開けば、「なんでそんなに工数がかかるんだもっと短縮してできるはずだし、お客様もまだかと言っているからなんとかしろ」としか言わない。
それでいて、お客様とのMTGでは嘘しか言わない。できていないところもできているという。
エンジニアよりも先に間に挟まれた私が限界に達してしまった。
在宅勤務の日に朝起きてパソコンに向かおうとするが、涙が止まらなくて、どうしたらいいかわからない。
朝礼のMTGに出席できず、その日はお休みをもらうことにした。
結婚相手はそんな状況を見ていたから、その日だけじゃなく、2,3日お休みしたらといわれたけれど、休むことも不安で仕方なかった。
休みをもらったけど、社内チャットツールもお客さんとのチャットツールもずっと見て、炎上していくのを見ていた。自分のふがいなさを感じてさらに涙が止まらなくなっていた。
夕方上長から案件に関する質問がチャットツールできた。手の震えが止まらなかった。この人とやり取りをするのが怖いと思った。
ムリかもしれないと気付く。
次の日も起きたらとてもじゃないけどパソコンのログインができなかった。
結婚相手が言うように週末までの2,3日お休みをもらうことになり、週末に病院に行った。
その場には結婚相手も一緒に行ってくれ、いろいろ話しているうちに休職することになった。
問題は求職することを誰にどうつたえるか。だった。
なんせ、上長が怖い。しゃべりたくない。
不誠実だとはおもったけど、メールでお伝えすることにした。
メールしたとたん電話がめっちゃきた。慌ててたら、結婚相手が対応してくれた。
こういう状況になっているのは仕事とか、職場環境が原因なので、直接コンタクトを取らないようにしてください。
何か必要な連絡は自分にするようにしてください。
ということを上長に行ってくれた。
その甲斐もあり、私に関する連絡は、結婚相手と、人事担当の女性とで行うことになった。
あと結婚相手は、私の行動パターンを見透かしていたのか、チャットツールやメールの通知をすべて消し、仕事のやり取りは見ないようにすることを言い渡した。これについてははじめは反発していたけど、チャットを見ないことでストレスやもやもやが減ることがわかり、徐々に見ないようになっていった。
休職期間は計3か月間だった。
定期的に社長や上長から、直接私と話して状況が知りたいとの打診があった。
そのたびに結婚相手や、人事担当の方が原因となる相手とのやり取りはストレスになるから、やめてくださいというようなことを言い、食い止めてくれていた。
結局3か月の休職後退職をすることになった。
(社内規定なんてなかったけど、)規定的に3か月までしか休職は容認できないとのことだった。
私としては休職して1か月ほどした段階で、元の職種には戻れないと感じていた。(正確には元の上長の下には戻れない)
3か月の休職を経て、だいぶ体調も良くなってきた(ただし、薬の服用は続けていた)ため、徐々に転職活動を始めた。
転職活動と今
転職活動はあっさりと終わった。離職後1か月ほどで転職先が見つかったのだ。
前よりは大きい会社で、業種は全く違くIT会社じゃないけれど、自社のサイトを対象としたWEB管理者。
前の会社を離職して約1年が経ち、今の会社にも慣れ始め、ほぼ定時に退社し、むちゃぶりや高圧的な人もいない。そんなのんびりとした環境にいます。
服薬は今も続いているし、突発的な不安感に襲われることはあるけれど、少しずつ薬量を減らし、寛解に向かっているのかなと感じる今日この頃です。
何よりもこの離職してからのこの1年平和だった!